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2020 January - 加中貿易摩擦を喜ぶコヨーテ

 前号で中国とカナダの交易について、菜種油の視点から取り上げてみました。2018年12月に中国の通信機器大手、ファーウェイの最高財務責任者がカナダで拘束された事件が発端になり、両国に緊張関係が生まれたことや、その影響を読解しました。今号ではそれに続き、読者の皆さんも一つはお持ちかもしれないダウンジャケットにまつわるカナダと中国の関係についての話です。

コヨーテ毛皮の思わぬ価格高騰
 中国では、あるカナダの有名ブランドのダウンコートが大人気です。そのお陰で同社の株価が高騰したことは当然のことながら、この大ブレイクはコヨーテの毛皮価格にまで影響を及ぼしているのです。理由はそのブランドがダウンコートのトリミングにコヨーテの毛皮を使っているから。2019年のオークションでは、コヨーテの毛皮が数年前に比べて40%増の高値で取引されたというのです。
 毛皮の材料となる小動物は仕掛けた罠により捕獲されます。平原に住む先住民は秋から冬にかけて野山に猟に出掛けます。猟場の小屋に滞在し、周辺の林の動物が行き来しそうな小道に罠を仕掛けて待ちます。仕掛けた複数の罠を見回り、かかっている獲物を集めるときの楽しさを彼らから聞いたときには、日本人の山菜取りやキノコ狩りの面白さに似ているかもしれないと思ったものです。彼らにとって猟は、実益を兼ねた季節を実感する楽しみなのです。捕獲された動物は罠猟師たちが毛皮になめします。コヨーテの毛皮は上質なものは一枚100ドル前後の値が付くそうなので、4~5匹を仕留めることができれば、嬉しい副収入になるというわけです。
 田舎には何でも売っている雑貨屋さん兼ガソリンスタンドのような店が必ずあるものです。そういう店にこの季節に足を踏み入れると、ある独特の匂いがぷーんと鼻をつきます。猟師が持ち込んだ毛皮が梁から無造作にぶら下がって売られているので、そのなめしの匂いがするのです。あれは平原に秋が来たことを感じさせてくれる季節の匂いです。
 ビーバー、ミンク、きつね、イタチそしてコヨーテなどの毛皮は仲買人が北米のあちこちから買い集めて、オークションに持ち込みます。動物愛護の気風が強まり、以前ほど毛皮のコートの需要はなくなりましたので、ミンクやきつねなどの需要は横ばいで値段も大きく動くことはありません。しかしコヨーテは別格です。
 先ほど書いたように、カナダのある有名ブランドの製品が爆発的に売れるようになり、トリミングに使われているコヨーテの毛皮の需要が急増しているのです。そのブランドは60年以上前からスポーツ衣料を作る老舗なのですが、その当時から製品の防寒性能の高さが信頼されて、極寒地に住む人々や登山家に好まれていました。90年代に現在のブランド名を使うようになったのですが、その際に「スノーグース」という名前が採用されるはずでした。しかし欧州で既に登録されていた商標だったことから、カナダの国名を取った今の名前に落ち着いたのです。しかし、そのブランド名により後に思わぬ騒動に巻き込まれてしまいます。


極寒地の防寒着からファッションへ
 90年代に北極圏の小さな町で見かけた光景ですが、郵便配達人から警察官まで屋外で活動する職業の皆さんが揃って、この会社の同じジャケットを着ていました。その街に唯一ある雑貨屋さんで同社のジャケットが売られていたのです。あの土地で暮らすには必需品だったのでしょう。店内にズラリと並んだダウンジャケットの列は壮観で、決してファッショナブルな商品陳列ではありませんでしたが、ここに来れば頼りになる防寒着があると感じさせ、どこか安心させてくれる眺めでした。
 2013年に有名なスポーツ雑誌でモデルがビキニの上に同社のジャケットを着て表紙に登場したことで、その存在感は大きく変わりました。極地での普段着が一躍流行のアイテムになり、今では高級衣料として都市部のショッピングモールに大きな店舗を構えるようにもなりました。オークションでコヨーテの取引価格が値上がりしていったのはこの頃からのことです。
 そうして大ブレイクに支えられて、この会社は2017年3月にトロントとニューヨークの両方の証券取引所に同時上場を果たしました。同社の株式取引価格は新規売り出しの40%増以上の値が付くという、ダウンジャケットと同じ大人気となりました。カナダ極地の田舎町の店で制服のように並んでいた時代の売り上げが300万カナダドルであったものが、株式上場直前の2016年には100倍の約3憶カナダドル。爆発的な成長を遂げたということになります。
 2013年以降同社の製品は中国で大人気になり、日本製の便座や炊飯器に続く爆買いの対象となりました。中国は元々良質なダウンを生産しており、世界の羽毛産業のシェアも70%以上というダウン大国です。その国の人々にとってダウンジャケットは馴染みのある冬の防寒着でしたので、既に長年のダウン衣料への親しみがあったところに、この会社の製品のブランドイメージが浸透し、爆買いに火がついたわけです。


中国へ一躍進出のはずが…
 そうした中国での人気発火が更なる成長機運をもたらし、同社の株式上場の原動力となっていたのですが、しかしブランド名が思わぬ不運をもたらします。2018年12月にファーウェイのCFOが逮捕された直後、この会社の株価が二桁の値下がり率を記録。この事件により両国関係が緊張して、カナダの名前を冠する同社の製品が不買運動のターゲットになるのではないかとの投資家の不安が作用したものです。この株価下落のニュースはカナダと中国の関係緊張を示すものとして世界中に広く報道されました。
 ちょうどこの時、同社は中国が寒くなり、ダウン製品の需要が増えるタイミングにぶつけて、中国本土の直営一号店をオープンする予定でした。しかしオープン直後に店の前で反カナダの抗議デモが発生するかもしれないことや、2012年に日本が尖閣諸島を国有化した後に日系の百貨店で見られたような破壊行動が起こることをと懸念し、この北京での開業を遅らせました。そのような騒動が起きて、その映像が世界中を駆け回ったらブランドイメージに傷がつき、更なる株価の下落をもたらすことを深刻に受け止めたからです。
 その後、ファーウェイのCFOが保釈されると同社の株価はまた上昇に転じ、北京の第一号店も12月末までに無事に開店して、買い物客が殺到して、数時間待ちの行列ができる大賑わいであったそうです。
 このようにカナダと中国間関係の緊張の余波は、ダウン製品にまで及ぶのです。そしてその衝撃波は中国から遠く離れたカナダの野山を猟場にする罠猟師にも及んでいることでしょう。この会社のダウンジャケットが売れなくなれば、コヨーテの毛皮の取引価格もまた下がることでしょうから。

風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。



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