テキサス州で今年2月に電気代が高騰したという記事を目にした読者はおられませんか?一部の住民は1日に1000ドル近い電気代の請求を受けたとか、州政府は高騰した電気代金を消費者だけが負担するのは厳しすぎるとして、何らかの救済措置がとれないかを検討し始めたということが報道で伝えられました。
「北極の渦」と呼ばれる大寒波が2月に北米大陸を覆いました。その結果、テキサス州ではガス火力発電所などの電力供給施設が氷点下の低温により操業停止したと同時に、温暖な陽気に慣れた人々が寒さに震えて暖房の設定温度を上げたことで、電力需要が大幅に増加しました。これが電気代高騰の原因です。それだけに留まらず、電力供給網を破綻から守るために管理当局が計画停電を行った結果、ピーク時には地域住民の数百万人に影響を及ぼすアメリカ史上最大級の停電となりました。
電力市場が自由化された日本
日本でも今年の冬は電力不足で電気代が高騰しています。「電気代が8万円になりました。ぎゃー」という悲痛な声がSNS上で流れたことが報道されていました。その背景には電力小売りの自由化の影響があります。
日本の電力事業は全国各地域で9つの電力会社が供給を独占していました。独占していた一方で、電力会社は安定供給の責任を担っていました。しかし市場独占だから価格競争がない故に消費者は割高な電気代を払わされている、一社の発電設備が自然災害で停止すると供給地域全体が大規模な停電に陥るなどの不都合が指摘されました。そのような批判が後押しして、東日本大震災後に当時の民主党政権は電力市場の自由化を決めました。消費者は従来の大手電力会社だけでなく、新たに電力小売りを始めた「新電力」からも電気を購入することができるようになり選択肢が増えました。
今日、各家庭に送られる電力は電力会社が自社の発電所で発電したものと、電気の取引市場で購入することにより調達したものとの二つに分かれます。電力自由化以降に小売り事業に参入した新電力は700社近くありますが、その多くが自前の発電所を持ちません。そうした会社は取引市場で電力を調達して家庭に届けることになります。
新規参入の事業者は他者と差別化して顧客に魅力をアピールしなければなりません。そんな営業戦略から、市場連動型のプランを提案するようになりました。自前の発電設備を持つには膨大な建設投資が必要ですし、発電燃料の調達などの手間も費用もかかります。そうしたコストを避け、取引市場で余剰電力を調達すれば、電気の卸売価格を低く抑えることができます。そんな仕組みをうたった料金パッケージは消費者の目には魅力的に映るはずです。
コロナウイルス感染拡大により経済活動が抑制され、一旦は電力需要が減少しました。取引市場では電力が供給過剰となり、卸価格が下落。市場連動型プランで電気を使っていた消費者は請求書を見て電気代が安くなったことを喜んだことでしょう。取引所では翌日の電力供給量を売り手がオファーし、買い手が必要量を提示して取引が成立して値段が決まる仕組みなので、その価格の動きが一般家庭の電気代請求書に直接反映されます。
うなぎのぼりの電気代
しかし、今冬はテキサス州でも日本でも電力需要が供給量を上回ったために逆の現象が起こりました。需要が供給を上回ると、お客様に電気を届けなければならない電力会社は誰もが躍起になって電力確保に走ります。その場合、値段はうなぎのぼり。恐ろしいのは、電力の卸売価格は発電コストの限界があるので価格下落には最低ラインがある一方で、価格上昇には天井がないということです。電力の値段はいくらでも跳ね上がります。我々消費者は、今使っている電気の単価がいくらなのかをリアルタイムで確認せずに日常生活で電気を使っているので、翌月に請求書が来て驚愕することになります。この電力の値段の決まり方には、コロナ感染拡大が始まったばかりの時期にマスクが高騰した場面を連想させるものがあります。その商品を誰もが欲しがり、確保しようと殺到して、「転売ヤー(転売屋)」が暗躍したりして、信じられないような値段でマスクが売られていましたが、私はその状況を思い出しました。
電気は誰もが必要とするエネルギーなので、独占事業を許す代わりに安定供給を第一としていた時代がありました。しかし値段の透明性が重視されるようになり自由化が進みました。取引市場で仕入れた電力のコストを供給者は各家庭への電気代に転嫁できるようになりました。自前の発電施設を持たずに、多くを取引市場で調達している電力会社の電気料金ほど、取引価格の変動の影響を受けやすくなります。各国通貨の為替相場や金とか原油の商品相場の変動を経済欄で目にすることは多いと思います。自由化された電力価格もそうした相場商品と同じなのですが、地味な存在で目立ちません。なので、こんな現象が起こるとビックリしてしまいます。
2020年末から2021年はじめにかけて日本の電気料金を大きく高騰させるいくつかの現象が重なりました。発電燃料として使用されるLNG(液化天然ガス)の生産地で操業トラブルが発生して、LNG供給がタイトになりました。日本は世界最大のLNG輸入国なのですが、最近では大気汚染対策に熱心な中国が従来の石炭を止めてLNGを発電エネルギーに使うようになったので、東アジア全体でLNG消費量が増えています。そこに今冬は寒波が東アジア全体を覆ったので、LNG需要が高まりました。LNGが品薄になり価格が高騰しただけでなく、必要量を調達することさえも大変という供給不足の状況になりました。燃料のLNGが不足し、自前の発電設備を持つ電力会社でも発電量が減った分、取引市場に出荷される余剰電力も減り、電力の取引価格が高騰するという事態になりました。
安定、それとも市場連動?
電力市場自由化により電力料金にいくつかの形態が生まれました。従来型は、毎月の基本料金の上に電気の使用量に基づいた料金を支払う契約です。その場合には取引市場での一時的な需給の緊張による価格高騰の影響は受けにくくなります。使わない電灯や家電のスイッチをこまめに消して節電するという努力も、消費量に応じて電気代が変動するこうしたプランでは有効です。
それとは異なり市場連動型の料金プランもあります。取引市場で調達する電力卸売り価格や燃料費調整額が毎月の請求書に反映するタイプです。このようなプランでは、市場で供給がダブついているときには電気代は安くなります。しかし今冬のように市場取引価格が高騰すると、翌月に送られてくる電気代の請求額がビックリするほど跳ね上がります。このようなプランでは各家庭での節電努力よりも、電力調達コストの変動の方が請求書に直接反映するので注意が必要なのです。
家の灯りはローソクからランプに代わり、それが電灯に進化しました。電灯はスイッチを入れれば灯り、火事や煤、悪臭の心配もなく気楽に使えるのが便利です。電気は使い易いエネルギーで、私たちはシンプルな料金体系に慣れていました。しかし今日ではちょっと複雑になっています。お宅の電気料金のプランは固定式、それとも変動式ですか?今月は改めてご確認されてはいかがでしょうか?
風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。
「北極の渦」と呼ばれる大寒波が2月に北米大陸を覆いました。その結果、テキサス州ではガス火力発電所などの電力供給施設が氷点下の低温により操業停止したと同時に、温暖な陽気に慣れた人々が寒さに震えて暖房の設定温度を上げたことで、電力需要が大幅に増加しました。これが電気代高騰の原因です。それだけに留まらず、電力供給網を破綻から守るために管理当局が計画停電を行った結果、ピーク時には地域住民の数百万人に影響を及ぼすアメリカ史上最大級の停電となりました。
電力市場が自由化された日本
日本でも今年の冬は電力不足で電気代が高騰しています。「電気代が8万円になりました。ぎゃー」という悲痛な声がSNS上で流れたことが報道されていました。その背景には電力小売りの自由化の影響があります。
日本の電力事業は全国各地域で9つの電力会社が供給を独占していました。独占していた一方で、電力会社は安定供給の責任を担っていました。しかし市場独占だから価格競争がない故に消費者は割高な電気代を払わされている、一社の発電設備が自然災害で停止すると供給地域全体が大規模な停電に陥るなどの不都合が指摘されました。そのような批判が後押しして、東日本大震災後に当時の民主党政権は電力市場の自由化を決めました。消費者は従来の大手電力会社だけでなく、新たに電力小売りを始めた「新電力」からも電気を購入することができるようになり選択肢が増えました。
今日、各家庭に送られる電力は電力会社が自社の発電所で発電したものと、電気の取引市場で購入することにより調達したものとの二つに分かれます。電力自由化以降に小売り事業に参入した新電力は700社近くありますが、その多くが自前の発電所を持ちません。そうした会社は取引市場で電力を調達して家庭に届けることになります。
新規参入の事業者は他者と差別化して顧客に魅力をアピールしなければなりません。そんな営業戦略から、市場連動型のプランを提案するようになりました。自前の発電設備を持つには膨大な建設投資が必要ですし、発電燃料の調達などの手間も費用もかかります。そうしたコストを避け、取引市場で余剰電力を調達すれば、電気の卸売価格を低く抑えることができます。そんな仕組みをうたった料金パッケージは消費者の目には魅力的に映るはずです。
コロナウイルス感染拡大により経済活動が抑制され、一旦は電力需要が減少しました。取引市場では電力が供給過剰となり、卸価格が下落。市場連動型プランで電気を使っていた消費者は請求書を見て電気代が安くなったことを喜んだことでしょう。取引所では翌日の電力供給量を売り手がオファーし、買い手が必要量を提示して取引が成立して値段が決まる仕組みなので、その価格の動きが一般家庭の電気代請求書に直接反映されます。
うなぎのぼりの電気代
しかし、今冬はテキサス州でも日本でも電力需要が供給量を上回ったために逆の現象が起こりました。需要が供給を上回ると、お客様に電気を届けなければならない電力会社は誰もが躍起になって電力確保に走ります。その場合、値段はうなぎのぼり。恐ろしいのは、電力の卸売価格は発電コストの限界があるので価格下落には最低ラインがある一方で、価格上昇には天井がないということです。電力の値段はいくらでも跳ね上がります。我々消費者は、今使っている電気の単価がいくらなのかをリアルタイムで確認せずに日常生活で電気を使っているので、翌月に請求書が来て驚愕することになります。この電力の値段の決まり方には、コロナ感染拡大が始まったばかりの時期にマスクが高騰した場面を連想させるものがあります。その商品を誰もが欲しがり、確保しようと殺到して、「転売ヤー(転売屋)」が暗躍したりして、信じられないような値段でマスクが売られていましたが、私はその状況を思い出しました。
電気は誰もが必要とするエネルギーなので、独占事業を許す代わりに安定供給を第一としていた時代がありました。しかし値段の透明性が重視されるようになり自由化が進みました。取引市場で仕入れた電力のコストを供給者は各家庭への電気代に転嫁できるようになりました。自前の発電施設を持たずに、多くを取引市場で調達している電力会社の電気料金ほど、取引価格の変動の影響を受けやすくなります。各国通貨の為替相場や金とか原油の商品相場の変動を経済欄で目にすることは多いと思います。自由化された電力価格もそうした相場商品と同じなのですが、地味な存在で目立ちません。なので、こんな現象が起こるとビックリしてしまいます。
2020年末から2021年はじめにかけて日本の電気料金を大きく高騰させるいくつかの現象が重なりました。発電燃料として使用されるLNG(液化天然ガス)の生産地で操業トラブルが発生して、LNG供給がタイトになりました。日本は世界最大のLNG輸入国なのですが、最近では大気汚染対策に熱心な中国が従来の石炭を止めてLNGを発電エネルギーに使うようになったので、東アジア全体でLNG消費量が増えています。そこに今冬は寒波が東アジア全体を覆ったので、LNG需要が高まりました。LNGが品薄になり価格が高騰しただけでなく、必要量を調達することさえも大変という供給不足の状況になりました。燃料のLNGが不足し、自前の発電設備を持つ電力会社でも発電量が減った分、取引市場に出荷される余剰電力も減り、電力の取引価格が高騰するという事態になりました。
安定、それとも市場連動?
電力市場自由化により電力料金にいくつかの形態が生まれました。従来型は、毎月の基本料金の上に電気の使用量に基づいた料金を支払う契約です。その場合には取引市場での一時的な需給の緊張による価格高騰の影響は受けにくくなります。使わない電灯や家電のスイッチをこまめに消して節電するという努力も、消費量に応じて電気代が変動するこうしたプランでは有効です。
それとは異なり市場連動型の料金プランもあります。取引市場で調達する電力卸売り価格や燃料費調整額が毎月の請求書に反映するタイプです。このようなプランでは、市場で供給がダブついているときには電気代は安くなります。しかし今冬のように市場取引価格が高騰すると、翌月に送られてくる電気代の請求額がビックリするほど跳ね上がります。このようなプランでは各家庭での節電努力よりも、電力調達コストの変動の方が請求書に直接反映するので注意が必要なのです。
家の灯りはローソクからランプに代わり、それが電灯に進化しました。電灯はスイッチを入れれば灯り、火事や煤、悪臭の心配もなく気楽に使えるのが便利です。電気は使い易いエネルギーで、私たちはシンプルな料金体系に慣れていました。しかし今日ではちょっと複雑になっています。お宅の電気料金のプランは固定式、それとも変動式ですか?今月は改めてご確認されてはいかがでしょうか?
風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。
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