今年はカナダ建国150周年です。19世紀に植民地がカナダ連邦結成を目指していたとき、カナダ東西を結ぶ鉄道建設が大きな課題となっていました。やがて連邦結成を実現させた1867年の憲法には国を横断する鉄道建設が明記され、カナダ建国初期の一大インフラ建設事業が動き出しました。実は現在、これによく似た話がパイプライン建設をめぐって起きているのです。
絡み合うパイプラインと政治
パイプラインは液体(原油)か気体(ガス)を運ぶかで大別されます。原油パイプラインの大手、エンブリッジという会社をご存知ですか?1949年にアルバータ州のレデュックという場所でカナダ石油産業初の油田大発見がありました。それを契機にアメリカの石油大手インペリアルオイルがパイプライン会社を設立し、アルバータ州からトロントまでパイプラインを建設しました。このパイプライン会社が今のエンブリッジの前身です。カナダを一直線に横断するにはカナダ楯状地という大変に固い岩盤地帯を通過します。鉄道建設でも難工事だった区間で、それを回避するために一旦米国に迂回してから再びカナダに戻ってくるというルートが採用されました。
これとほぼ同時に、人口増加によりエネルギー不足に悩むオンタリオ州に天然ガスを運ぶパイプライン建設も必要になり、1951年カナダ議会の承認によりトランスカナダパイプライン社(TCPL)が設立されました。ガスのパイプラインで東西を接続する構想は二つあり、一つは原油と同じように一旦米国に入り、またカナダに戻るという迂回案。他方は全ルートをカナダ領内に建設するというものでした。当時、原油パイプライン計画が先行していたため、そのルートについて国会で大きな議論となり、「カナダの原油を輸送するパイプラインはカナダ国土に建設されるべし」という愛国論が叫ばれました。
国会での議論を受けて、ガスのパイプラインは全線カナダ領内に建設されることになったのですが、カナダ楯状地を横断する1000kmの区間は建設費が膨大になり商業的には成り立たちません。これを国営で建設してTCPLに貸すという案が国会に提出されました。パイプライン建設の利権や、当時の政権与党が着工を急ぎ法案通過のため国会審議を制限したことから政治スキャンダルに発展。長年続いた自由党が政権を失い、カナダの名物宰相ディーフェンベーカー率いる進歩保守党の政権獲得というドラマを生みました。パイプラインというのは昔も今も常に政治と結びついた存在のように見えます。
今日のパイプライン反対運動
今北米では、原油パイプラインの建設に多くの人が反対の声を上げています。エンブリッジはアルバータで生産するオイルサンド原油をブリティッシュコロンビア(BC)州西海岸に運んで海外輸出するパイプライン構想「ノーザンゲイトウェー計画」を進めてきました。しかしそのルートに住む先住民との交渉難航、原油漏れに対する環境面の懸念などから大きな反対行動が起こりました。トルドー連邦政府首相は2015年の連邦議会選挙期間中からこの計画には反対しており、BC州周辺海域の原油タンカー航行を一時的に禁止する措置をとることにより、前政権が承認した計画を事実上中止に追い込みました。つまり西海岸までパイプラインができても船が通れないので輸出できないという訳です。
パイプラインに反対の声が上がるのは何故でしょう?パイプラインの建設工事は地元経済を活性化しますが、その好景気は建設期間中だけのこと。その後は地中に埋められた鉄管が存在するだけなので、固定資産税は得られますが、パイプから原油が漏れて土壌や河川を汚染したり、原油タンカーが座礁して海が汚れたりする危険が心配です。メリットよりもダメージの方が大きいと考えられていることが、反対の動機となっているのです。
カナダで進むパイプライン計画
しかし、トルドー首相もアルバータ州で生産されるオイルサンド原油を海外に輸出することの重要性は理解しています。その証として「トランスマウンテンパイプライン拡張計画」と「エナジーイースト計画」は支持してきました。
前者はエドモントンとバンクーバーを結ぶ既存のトランスマウンテン原油パイプラインの搬送能力を現在の約3倍に増強する計画で、昨年11月にカナダ政府の承認を得ました。この計画には、パイプラインが通過して得るメリットよりも環境リスクの方が大きいということでBC州政府が反対してきましたが、今年の1月にBC州政府は支持姿勢に転換し、実現にむけて一歩前進となりました。4月上旬には事業者が建設の最終決定をする見通しなので、オイルサンド原油の市場は拡大することが期待されます。
トランスマウンテン拡張計画についてBC州政府は、パイプラインの輸送能力増加と共にオイルサンド資源開発が拡大することで利益を享受するアルバータ州政府に「分け前を寄越せ」と主張して、両州間の政治的論争となりました。カナダの天然資源の管轄は州政府にあると定められているので、他州での資源開発による「分け前」を要求するのはカナダの連邦制度の根幹を揺るがす問題だと大騒ぎになったのです。その後BC州にはトランスマウンテン計画を進める事業主から経済的利益がもたらされることになり、これを受け入れたということです。
もう一つのエナジーイーストはアルバータ州とカナダ東海岸のニューブランウィック州を結ぶTCPLの計画で、既存の天然ガスパイプラインが使われなくなったので、これを原油用に転換しようというものですが、通過するケベック州、特にモントリオール市が反対しています。BC州政府がトランスマウンテン計画の支持に回ったことが前例となり、通過地域の皆さんが実感できるメリットを提供することで、このパイプラインも前進することを期待します。
風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。
絡み合うパイプラインと政治
パイプラインは液体(原油)か気体(ガス)を運ぶかで大別されます。原油パイプラインの大手、エンブリッジという会社をご存知ですか?1949年にアルバータ州のレデュックという場所でカナダ石油産業初の油田大発見がありました。それを契機にアメリカの石油大手インペリアルオイルがパイプライン会社を設立し、アルバータ州からトロントまでパイプラインを建設しました。このパイプライン会社が今のエンブリッジの前身です。カナダを一直線に横断するにはカナダ楯状地という大変に固い岩盤地帯を通過します。鉄道建設でも難工事だった区間で、それを回避するために一旦米国に迂回してから再びカナダに戻ってくるというルートが採用されました。
これとほぼ同時に、人口増加によりエネルギー不足に悩むオンタリオ州に天然ガスを運ぶパイプライン建設も必要になり、1951年カナダ議会の承認によりトランスカナダパイプライン社(TCPL)が設立されました。ガスのパイプラインで東西を接続する構想は二つあり、一つは原油と同じように一旦米国に入り、またカナダに戻るという迂回案。他方は全ルートをカナダ領内に建設するというものでした。当時、原油パイプライン計画が先行していたため、そのルートについて国会で大きな議論となり、「カナダの原油を輸送するパイプラインはカナダ国土に建設されるべし」という愛国論が叫ばれました。
国会での議論を受けて、ガスのパイプラインは全線カナダ領内に建設されることになったのですが、カナダ楯状地を横断する1000kmの区間は建設費が膨大になり商業的には成り立たちません。これを国営で建設してTCPLに貸すという案が国会に提出されました。パイプライン建設の利権や、当時の政権与党が着工を急ぎ法案通過のため国会審議を制限したことから政治スキャンダルに発展。長年続いた自由党が政権を失い、カナダの名物宰相ディーフェンベーカー率いる進歩保守党の政権獲得というドラマを生みました。パイプラインというのは昔も今も常に政治と結びついた存在のように見えます。
今日のパイプライン反対運動
今北米では、原油パイプラインの建設に多くの人が反対の声を上げています。エンブリッジはアルバータで生産するオイルサンド原油をブリティッシュコロンビア(BC)州西海岸に運んで海外輸出するパイプライン構想「ノーザンゲイトウェー計画」を進めてきました。しかしそのルートに住む先住民との交渉難航、原油漏れに対する環境面の懸念などから大きな反対行動が起こりました。トルドー連邦政府首相は2015年の連邦議会選挙期間中からこの計画には反対しており、BC州周辺海域の原油タンカー航行を一時的に禁止する措置をとることにより、前政権が承認した計画を事実上中止に追い込みました。つまり西海岸までパイプラインができても船が通れないので輸出できないという訳です。
パイプラインに反対の声が上がるのは何故でしょう?パイプラインの建設工事は地元経済を活性化しますが、その好景気は建設期間中だけのこと。その後は地中に埋められた鉄管が存在するだけなので、固定資産税は得られますが、パイプから原油が漏れて土壌や河川を汚染したり、原油タンカーが座礁して海が汚れたりする危険が心配です。メリットよりもダメージの方が大きいと考えられていることが、反対の動機となっているのです。
カナダで進むパイプライン計画
しかし、トルドー首相もアルバータ州で生産されるオイルサンド原油を海外に輸出することの重要性は理解しています。その証として「トランスマウンテンパイプライン拡張計画」と「エナジーイースト計画」は支持してきました。
前者はエドモントンとバンクーバーを結ぶ既存のトランスマウンテン原油パイプラインの搬送能力を現在の約3倍に増強する計画で、昨年11月にカナダ政府の承認を得ました。この計画には、パイプラインが通過して得るメリットよりも環境リスクの方が大きいということでBC州政府が反対してきましたが、今年の1月にBC州政府は支持姿勢に転換し、実現にむけて一歩前進となりました。4月上旬には事業者が建設の最終決定をする見通しなので、オイルサンド原油の市場は拡大することが期待されます。
トランスマウンテン拡張計画についてBC州政府は、パイプラインの輸送能力増加と共にオイルサンド資源開発が拡大することで利益を享受するアルバータ州政府に「分け前を寄越せ」と主張して、両州間の政治的論争となりました。カナダの天然資源の管轄は州政府にあると定められているので、他州での資源開発による「分け前」を要求するのはカナダの連邦制度の根幹を揺るがす問題だと大騒ぎになったのです。その後BC州にはトランスマウンテン計画を進める事業主から経済的利益がもたらされることになり、これを受け入れたということです。
もう一つのエナジーイーストはアルバータ州とカナダ東海岸のニューブランウィック州を結ぶTCPLの計画で、既存の天然ガスパイプラインが使われなくなったので、これを原油用に転換しようというものですが、通過するケベック州、特にモントリオール市が反対しています。BC州政府がトランスマウンテン計画の支持に回ったことが前例となり、通過地域の皆さんが実感できるメリットを提供することで、このパイプラインも前進することを期待します。
風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。
0 件のコメント:
コメントを投稿