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2020 July - 開かないバゲット

 自宅で過ごす時間が多くなった昨今、食パン、菓子パンなどの柔らかいパンではなく、フランスパンのような硬いパンを作れないかと考えるようになった。できれば簡単に。このようなパンは高温のスチームオーブンで焼き上げるもので家では難しいと聞いていたが、トースターオーブンなら比較的高温に、しかも短時間で温度が上がるから、それなりに焼けるかもしれないと思い、そのレシピを考えてみることにした。オーブントースターの庫内は大きくないが、食べきりサイズで焼けると考えるとそれはそれでいいではないか。バゲットとは、正式には30~40cm程度のものの呼び方のようだ。うちのオーブントースターでは30cmは厳しいので、ミニバゲットとでも呼ぼう。

いざ、ミニバゲットに挑戦
 普段焼いているパンの材料は小麦粉、砂糖、塩、油脂、酵母に水。調べてみると、フランスパンの材料は砂糖と油脂を使わない。砂糖と油脂を入れずにいつものように捏ね、それっぽい形にしてトースターオーブンへ。オーブン内への霧吹きの効果があってか、表面はそれなりに硬くなったが、焼き色が付きにくく、フランスパンの特徴でもあるクープと言われる盛り上がった切れ目は開かず、切った時の断面には均一に細かな気泡。焼成前後で重さを比較したら水分の抜け具合もいまいちだ。ただ、味は悪くない。焼きたてを味わえるのはすばらしい。
 レシピサイトなどでは、フランスパン専用粉なるものをよく見かけた。調べてみるとモルトが入っているらしい。酵母は糖分を餌にして発酵を促進させるので、砂糖の入らない生地は発酵が進みにくいのだが、モルトに含まれる酵素の働きで小麦粉のでん粉質を酵母の餌となる糖分に変えるようだ。この酵素が入れば、発酵を促進させるだけでなく、甘みも増し、焼き色の改善に繋がるに違いない。モルトは自家製ワインやビールの材料を扱うお店で売られていることがわかり、早速購入した。


理想の気泡
 材料は揃った。次は生地作りだ。滑らかで細かな気泡を目指して作っていた食パン作りとは真逆の方向だ。単純に捏ね過ぎなければいいのだろうと思いきや、それではうまく混ざらない。レシピサイトでも、よく捏ねるレシピも有れば、あまり捏ねないレシピもある。よく捏ねた生地で作っても大きな気泡が出来なかった経験から、捏ねない方向で行くことに。たどり着いたのが切りまぜ、サクサクのクッキー生地などを作る時の手法だ。もちろん、クッキー生地よりもベタベタする。粉気を無くしつつ捏ねないように混ぜる。
 そもそもフランスパン独特の大小の気泡はどのようにできるのか。小麦粉に含まれるタンパク質は捏ねることによって結合が促され、薄く膜状に伸びるようになる。酵母の発酵でできたガスがこの膜を風船のように膨らませることでパンは膨らむ。よく捏ねたパン生地は強い膜を持ち、発酵、焼成の過程でも破れずにガスを内包する。結果として沢山の気泡が出来上がる。フランスパンの場合は塗ったバターがこぼれると言われるほどの大小さまざまな気泡が欲しい。このレシピではわざと強い膜を作らないようにすることで、膨らむ過程で弱い膜が破れて隣の気泡と結合し、さまざまな大きさの気泡ができると考えると、この方法は理にかなっている。捏ねないからと言って全くタンパク質の結合が起こらないわけではなく、水に浸すだけでもこの結合は起こるので、適度な弱い膜が作られるのだろう。


割れろクープ
 何度も生地を作り、その都度焼き上がりを見て改善点を探ってきた。うまく焼けないのは生地のせいなのか焼き方のせいなのか、そもそもやはりトースターオーブンでは無理なのか。クープ(バゲットに入った切れ目)が開く時もあれば、開かないことも、時にはナイフで切れ込みを入れたところとは別の場所から開いてしまうこともあった。割りたいのは腹筋だけではない。ナイフを入れて作ったクープも大きく割ってみたい。
 待てよ、切れ込みをいれたところが開かず、横から割れてくるということは、生地が膨らもうとしているのは間違いない。生地の仕上がりは悪くなさそうだ。成形した時の閉じ目が開いてしまったのか、オーブンシートに生地が張り付いてそこから裂けたのか、などと考察を重ねて実験を繰り返したが改善されない。改めてトースターオーブンの中の生地が焼けていく様子をじっとみていると、生地が膨らむ前に切れ込みを入れた上面が先に焼き固まってしまい、まだ火の入りがあまい側面が割れてしまっているようだった。フランスパンは高温で焼くものとの先入観から、トースターオーブンの特徴を考えず庫内をひたすら高温にしていたが、上からの火力が強すぎたようだ。うちのトースターオーブン、上下にあるヒーターのどれを使うか選べるようになっていたので、予熱の際の数分間は上下の火力を最大にするが、いざ焼成、生地を入れるときは上のヒーターを切り、下のヒーターのみで焼くことにした。この作戦は功を奏し、割れたクープが盛り上がるようになった。

天使降臨
 焼成後の計量で水分の抜け具合を確認するとまずまずの仕上がり。お店で売っているようなカチカチの皮とまではいかないが、トースターオーブンで焼いたにしては十分な仕上がり。硬く焼きあがった表面が冷めていくときに割れる音を天使の拍手と言うそうだが、パチ、パチと聞こえた。喝采ではないがパンに労ってもらったような気になる。粗熱が取れた後、断面を確認。焼成のコツに気付いたこの時期には、大小の気泡ができる生地作りに多少の自信はできていたが、切ってみるまでドキドキする。断面にムンクの叫びのような縦に伸びた気泡が見えると、名画のように鑑賞できる。アポロニウスのガスケットを連想させる幾何学的美しさもある。

ついに割れたのは
  その後も再現性の確認、好みに合わせた材料の配合を調整するため何度も焼いた。生地の仕上がりはいいのだが、クープを入れる時の深さ、長さ、角度、これはなかなか毎回同じとはいかない。クープと隣のクープの間に、帯状に繋がる部分があるが、生地の膨らむ力に負けてこの帯が切れて隣のクープとつながることもある。自分でこのミニバゲットを作るようになってから、お店で何本も同じようにきれいに形のそろったバゲットを見ると、さすが職人技と感心するようになった。
 失敗作も含め、食材を無駄にすることなく、ついにクープは割れた。私のおなかも割れた。6個にではなく3つに。帯切れは避けたい。

文:麵麭新芽(ぱんあらめ)
脂肪と糖とグルテンの愛好家


目安の配合
小麦粉---------------------------100g
塩--------------------------------- 1.5g
モルトパウダー--------------- 1.5g
ドライイースト---------------- 0.5g
水--------------------------------- 75g


作り方

  1. 全材料を容器に入れ、切るように混ぜる。
  2. 粉気が無くなったら室温で5時間程度放置、発酵。
  3. 容器を逆さにして気泡をつぶさないように取り出したのち、三つ折りを2回、容器をかぶせて乾かないように20分程度放置。
  4. 気泡をつぶしすぎないように広げ、三つ折りをして、さらに二つ折り。綴じ目をしっかり閉じて、転がして長さを調整。成形の過程では、生地の表面に張りを出すのがポイント。
  5. その後40分程度発酵させてから焼成。下火のみの500Fで9分、その後上下火にして400Fで12分。(拙宅のトースターオーブンの火力、好みの焼き加減の場合です。)


アレンジ

  • 成形の過程で、チーズを入れてチーズフランスにしたり、ベーコンエピも作れたりします。どう転んでもおいしくなります。
  • さいの目に切り、オリーブオイルとガーリックパウダーを適量振ってトーストし、サラダやスープに載せるクルトンにするのもお勧めです。
  • 健康志向で材料にオーツやブランなどを入れてみるのもいいでしょう。
  • 見た目が悪く仕上がって、食べる気がしないときは、フードプロセッサでパン粉にするのもあり。





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