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2020 July - コロナ新時代 我々はどこへ行くのか

 7月号の原稿を構想するとき、新型コロナウイルスの感染拡大に向き合わなければならないことは覚悟していました。しかし、それをどのような視点から捉えれば良いのか?相手はただの風邪ではありません。発熱や肺機能障害をもたらし、死に至る疾病です。一人の人生だけでなく、人類史をも動かしてしまう、余りにも大きな対象に悩むばかりでした。
 コロナ感染のことを考えながら、ある頃から一つの文字群が頭の中に居座ってくるようになりました。「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」ということです。それを見て、フフッと笑う方は相当の美術通に違いありません。ポール・ゴーギャンがタヒチで描いた絵画のタイトルです。その絵は彼の代表作と評価されていますが、彼の画家人生の中の絶頂期に描かれたのかというと、違うのです。直前には愛娘を亡くし、借金を抱えた上に、タヒチ島での自らの健康状態も悪化していました。つまり彼の人生の中で最悪期に描いた絵に付けた題なのです。彼は何を思って、その絵にこの題名を与えたのでしょうか?コロナ感染についての報道に囲まれる日々で、コロナが過ぎ去った後のことに思いを馳せると「我々はどこへ行くのか?」というゴーギャンの問いがいつまでも心の中でこだまします。


カナダの文化までを変える新しい日常
 人類史は感染症が流行して多くの人が命を落とすことが繰り返される、感染症と闘い続けてきた歴史であると言っても良いのです。カナダで暮らす我々も身近なところで感染症流行を経験しています。SARSの感染が広がったのは2003年のことです。あの時に感染を避けるためにどのような行動を取ったか覚えていらっしゃるでしょうか?カナダでのSARS流行は香港から帰国した旅行者の感染が発端となったため、中華料理店での外食を我慢した人も多かったのではないでしょうか。しかしマスク着用は一般化しませんでしたし、手指消毒剤が品切れになることもありませんでした。それから2012年にはウエストナイル熱の再流行がありました。蚊に刺されると感染するというので、いつも蚊よけスプレーを持ち歩くようになりましたし、森林地帯の蚊は強烈だということで、虫よけスプレーも更に強力なものが作られました。そして暑い夏の日々を長袖のシャツで過ごしましたね。
 コロナ感染拡大が身近なところで起こったことが契機になって、我々の日常生活も大きく変わったことに気づかされます。他人との距離をとることが新たな常識になりました。挨拶を交わすときの握手や抱擁は、既に前時代の記憶になりつつあります。少し遠くの相手と目線を結んでから、おもむろに頭を下げる「会釈」は何と優雅で心の通う挨拶であるかを再認識しています。日本の伝統的所作が世界基準になる日は近いかもしれません。
 元々、広い国土に少ない人口が住むカナダでは行列を見ることは日常的ではありませんでした。でも今となってはどこでも入店者数を管理しますから、店の入口で行列ができることが当たり前になりました。行列が珍しいものじゃなくなっただけではありません。列に並んでいて、今までと何かが違うと感じています。陽気で人懐っこいカナダ人は見知らぬ相手であっても話しかける傾向がこれまでありました。沈黙が敵意と誤解されることを避けるためにおしゃべりをするという文化だったのですが、これが廃れてきているのです。黙々と列に並んでいる彼らを見ていると、新しい生活スタイルが生まれたことを実感せざるを得ません。


真の意思疎通とは?
 ビジネスの世界でも変化が生じています。自宅で業務する生活が3ケ月間も続き、これに慣れただけでなく、かなり上達しました。ZoomやMicrosoft TeamsといったWeb上のツールを使って遠隔方式で仕事に必要な会合をこなしますし、出張は激減しました。連絡を取りたい相手は常に家にいるので、いつでも捕まります。そして物理的に移動することがなくなった結果、どうしたことか海外のどこでも時差を気にせず、いつでも遠隔方式で会合することが多くなりました。
 面と向かっての会話でも電話でもない新しい意思疎通のスタイルに最初は戸惑いましたが、今ではすっかり新しい日常に進化しています。発言しない時はマイクを消音にして、会話に雑音が入らないようにするのがマナーになりました。発言したい時はどこの誰であるかを出席者に伝え、自分の発言が終われば「以上です」と終わるのも大きな会合のエチケットです。在宅勤務が始まった時、「これで質の高いコミュニケーションができるのか?」と不安でしたが、今では「何とかやれるもんだ」という自信に変わりました。
 しかし、それはまだ始まったばかりです。カメラや写真が広まったときに、魂を抜かれると忌避した人々がいたという逸話があります。遠隔方式の意思疎通には、それと似たような抵抗を覚える人達が残っているのも事実です。カナダで特にエネルギー関係のビジネスを行う場合に先住民との協議は避けて通れません。しかし彼らの中には画面とスピーカーを介在させた意思疎通を信用していない者も多くいます。薬草を燃やして魂を清め、目を見つめて、表情の中に真実を探りながら行うのが、重要な会合の場の真の意思疎通だと信じているのかもしれません。コロナ感染拡大を予防するために直接の会合を避けている今、実はこのような理由から先住民との対話や協議が滞っているのです。そのため環境影響評価などの手続きが進まない状況も生まれています。さてZoomもTeamsも使えないとすれば、我々はこれから先住民とどのようにして魂を通い合わせる会合ができるのでしょう?


原油価格にマイナスが付く
 遠隔方式の会合では一部しか映らないので、ネクタイをしてジャケットを着ていながら、下半身はジャージで参加する男性が多いそうです。マスクを常用するので女性は口紅をしなくなったとも言われています。そうなるとビジネスウェアや化粧品の消費に大きな影響が生じるでしょう。
 車や飛行機を使った旅行や通勤が自粛されたことで、石油燃料の消費も落ち込みました。カルガリーのガソリン価格は3月から下がり始め、一時は1リットル60セント代まで下がりましたが、それは消費が減って燃料が余ったからです。その結果、原油を精製する施設の操業が低下して、石油製品だけでなくその材料となる原油の貯蔵タンクも満杯になりました。そして4月21日、北米の原油取引の指標価格であるWest Texas Intermediate(WTI)に1バレルあたり- 37.63 US$/bblという空前絶後のマイナス価格が付きました。これは売り手が買い手に37.63ドルを払って原油を引き渡すということです。取引をしても代金を受け取れないだけでなく、お金を払うというのですから大変なことです。
 ビジネスの服装、女性が美しさを競ったお化粧の変化に留まらず、エネルギーの世界でも何が起こるのか予想がつかないこの頃ですが、それでも一つだけ確かなことがあります。人類の先輩たちがそうであったように、我々は今のコロナ感染をきっと生き抜き、そして新しい時代にふさわしい生き方を続けていくはずです。これからの暮らしで「オッ!変わったね・・・」と新しい生活のスタイルやエチケットを見つけるのを楽しみにして、今日を安全に過ごしましょう。


風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。





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