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2020 October - 雹よ、雨となれ! 驚異の積乱雲に挑むアルバータの降雹抑制チーム

 2020年6月13日、コロナ禍の中、カルガリー北東部を襲った未曾有の降雹被害。ゴルフボールサイズの雹が住宅や車などを無残に損傷し、その推計被害総額は12億ドル($1.2Billion)といわれた。実はこの雹嵐に、クラウドシーディングという雹を抑制する技術が用いられていたことをご存知だろうか?アルバータは、カナダで唯一クラウドシーディングを行う州。その活動を統括する気象学者のテリー・クラウス氏に今回は電話取材を試みた。

雹を防ぐクラウドシーディングって、いったい何?
 クラウドシーディング(Cloud seeding)とは「雲への種まき」や「人工降雨」などとしても知られ、気象を人工的に操作したり制御したりする技術だ。これは、写真の感光材にも使われるヨウ化銀の粒子を雲の中に送り込み、人工的に雨を降らせたりするというもの。雹を抑制する場合は、大粒の雹を降らせるような発達した積乱雲の中にヨウ化銀を送り込み、強制的に多数の小さな氷粒をつくり、大粒の雹にまで成長させないようにするという仕組みだ。

保険会社が集まって設立した民間団体
 今回お話を聞いたテリー・クラウス氏は、「The Alberta Severe Weather Management Society(以下ASWMS)」のプロジェクトディレクターで、ASWMSはアルバータで降雹抑制を目的としてクラウドシーディングを行う民間団体だ。この名前にある「シビアウェザー(severe weather)」とは、身の危険や建物などへの損傷を与える可能性を持つほどの深刻な悪天候を指すようだ。
 ASWMSは1996年、複数の損害保険会社が集まって設立した民間の非営利団体で、クラウドシーディングを用いて雹による建物や車両の被害を減らすことを活動目的にしている。活動期間は大規模な雹嵐の発生しやすい毎年6月15日〜9月15日で、スタッフには4の気象学者、13人のパイロットの他に整備士、技術者がおり、期間中は常に気象情報を監視していつでも出動できるよう24時間待機している。
 実はアルバータ州政府は1956年~1985年、アルバータ研究評議会(Alberta Research Council)を通して農作物への雹の被害をクラウドシーディングによって軽減する研究を行っていた。エアドリーからレッドディアの農業地帯で実際クラウドシーディングを試み成果を得ていたが、予算削減で研究は中止になってしまったそうだ。しかしアルバータはカナダ全土で最も雹の被害が大きい州であり、家屋や車の損傷による保険の損失も多いことから、損害保険会社らが資金を出し合いASWMSを立ち上げ、クラウドシーディングを行って被害の縮小を図っているという。現在のプログラムはあくまでも家屋と車の損害を減らすことが目的であって農作物は対象外だが、85年まで続いたクラウドシーディングの研究は今のプログラムの基盤になっているとのこと。

雹の被害がカナダ最多のアルバータ
 カナディアンロッキー山脈の麓からレッドディアまでの区間はカナダで一番雹が発生しやすい場所で、その中で人口の集中するカルガリーやレッドディア周辺がクラウドシーディング活動の最優先区域だとクラウス氏は説明する。クラウドシーディングの司令塔である気象レーダーステーションは、カルガリーから車で北に1時間弱のオルズ・ディズブリー空港に設けられている。ここで気象図や特別な気象ソフトウエアなどを用いて雹嵐を観測し、カルガリー郊外にあるスプリングバ ンク空港(3機)とレッドディア空港(2機)に待機する5機の高性能双発機に指令を出す。機種は2機のセスナ340Aと3機のキングエアC90。
 ターゲットは50%の確率でえんどう豆より大きな雹を作り出すかもしれない雲。嵐の威力が強い雲が最優先され、雨や細かい雹を降らせる雲には介入しない。2011〜2015年、クラウス氏率いるASWMS気象学者チームは、91%の確率で直径5ミリ以上の雹を正確に予報したというからなかなかのものだ。
 クラウドシーディングを行うまでのステップは次の通りだとクラウス氏は説明してくれた。
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ステップ①
毎日、予想天気図や過去のデータなど様々な気象情報を分析して雹嵐の可能性、雹の大きさ、出動の必要性を予測。これに応じて航空機出動をスタンバイ。

ステップ②
雲が人口密集地域の上空に発達するであろう30分前にその雲に航空機で接近し、雲の上部や下部からヨウ化銀粒子を散布。強風により移動した雲も追いかけて散布。

ステップ③
ヨウ化銀粒子は雲の中の水分を細かく凍結させ、大きな雹の発生を阻む。できた小さな氷の結晶(雹)は、地上に落ちる過程で溶けて雨・雪となるか、小粒な雹として降り落ちる。
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アルバータを走る「雹街道」
 カナディアンロッキー山脈の麓からレッドディアまでの、カナダで一番雹が発生しやすい地域は「雹街道 (Hail Alley)」の異名を持つ。雹が発生しやすいのは、涼しく乾燥している高緯度の地域だ。2019年までの記録を見ると、アルバータでは毎年春と夏にかけて平均42日も雹が降る。2020年は8月半ばまでに35日雹が降った。2020年まで、くるみサイズ以上の雹が降る日は年間平均6日だったのに比べ、2020年は13日くるみサイズ、6日ゴルフボールサイズ以上の雹が降った。過去のデータを見ても確実に頻度は増し、雹も大きさを増しているとクラウス氏は話す。
 記事冒頭で触れた2020年6月13日にカルガリー北東部を襲った雹嵐の際のクラウドシーディング活動をクラウス氏に振り返ってもらった。その日、カルガリー南東部に発生した増長する積乱雲に2機の航空機を投入してクラウドシーディングを行ったが、いくつかの雲が合体し、強風を引き起こしながら北東に急速に移動した。この雹嵐は周辺部で降っていた雨を吸い込み、その雨の水分により雹の大きさがさらに巨大化してしまった。クラウドシーディングは雹を小さくすることはできても風速を落とすことはできないため、強風と大きな雹でカルガリー北東部には大きな被害が出たが、カルガリー国際空港近辺やエアドリーの上空ではクラウドシーディングを行えたため小さい雹に留まったそうだ。

気になる健康と環境への影響
 クラウドシーディングに使用されるヨウ化銀は水生動物に有害なことがわかっている。銀はカナダの土壌や水道水に自然に含まれているので、問題はその濃度だ。クラウス氏は、クラウドシーディングに使用される濃度であれば、環境や健康に害を及ぼすことはないと主張。一分間に10グラムの割合で雲に撒かれるので、これはナイアガラの滝の上に毎分スプーン1杯のヨウ化銀を播くようなものと比喩する。
クラウドシーディング後にアルバータの雨から収集されたサンプルには、ほとんどの地表および水道水の供給と同様のレベルの銀が含まれていたとの調査結果もあるとの説明だった。
 電話インタビューの最後に、降雹の増加は地球温暖化の影響かとクラウス氏に尋ねたところ、「はい」と即答が返ってきた。人間が便利で快適な生活を送るために大量の温室効果ガスを排出する代償に、台風や雹のしっぺ返しを食らっているということか。それをまた気象を人工的に操作することで避けようとしている。まるで地球と人間の知恵比べだ。
こんなことが私達の日常の真上で起こってるとは気づきもしなかった。
 これから春夏、青空に天高く登るモクモク入道雲を見るたびに、この取材を思い出すだろう。
文:ジャパナビ編集部
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参考文献
・Alberta Severe Weather Management Society Brochure
http://www.insuranceisevolving.com/files/pdf/cloud-seeding-brochure-final.pdf(閲覧日:2020年8月24日)
・Hail Climatology for Canada: An Update by David Etkin York University February 2018
・The changing hail threat over North America inresponse to anthropogenic climate change, by Julian C. Brimelow,William R. Burrows and John M. Hanesiak. Nature Climate Change Online June 26, 2017
・Twenty Seasons of Airborne Hail Suppression In Alberta, Canada by Daniel B. Gilbert, Bruce A. Boe Weather Modification, Inc. Terrence W. Krauss Krauss Weather Services, Inc.,2016 Research operations 1980 – 1985, Weather Modification in Alberta by Alberta Research Council, October 1, 1986




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