JAPANとALBERTAから、JAPANAB(じゃぱなび)と名付けられた無料タウン情報誌。
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季刊誌「Japanab」は、2022年1月発行の「Japanab January 3, 2022 Vol.39」より、下記の通り年2回刊誌に刊行サイクルを変更いたします。
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• 2021年10月号Vol.38(10月1日発刊)にて季刊誌最終号
• 2022年1号Vol.39(1月3日発刊予定)にて年2回刊誌としてスタート
• 以降7月3日と1月3日に刊行。

2021 October - 勝者の胸に輝く五輪メダル

 皆さんは東京オリンピック2020を観戦されたでしょうか?コロナ感染が拡大している状況下で開催することの是非が日本でも大きな議論となっていました。感染の拡大源にならないよう殆どの競技で無観客開催となりました。筆者はテレビ観戦をしていて、それも悪くないと感じました。純粋な意味でオリンピアンのための競技会であるという印象を抱きましたが、皆さんの受け止めようは如何だったでしょうか。
 メダルを授与される表彰式でメダルを噛んで見せるポーズはお決まりのものになりました。あの時、受賞者が噛むのは金色のメダルだけのはずです。これは日本の時代劇の中でも見られる所作なのですが、理由は金は純度が高いと柔らかいから。装飾品や貨幣は純金では傷が付いたり摩耗するので、硬さと実用性を高めるために合金が使われます。日本では金を使って作った貨幣が流通していた時代がありますが、鉛のような安い金属で土台を作り、そこに金を被せただけの偽物も混ざっていたので、輝く表面と土台の金属とが同じかどうかを簡単に確認する方法として噛んで硬度を試したということです。なので銀メダルや銅メダルは噛む意味がなく、それをやるメダリストもいないという訳です。
 表敬訪問をしたメダリストが見せてくれた金メダルをかじってみせたひょうきん者の市長がいました。正しい色のメダルを噛んだ点は合格点をあげられますが、他人が獲得した金メダルを噛むのは公人でなくとも、はしたない行為でした。真贋を見極めるために金貨を噛む行為自体、元々はしたない所作のすれすれのところにあったと言えます。メダリストが一番高い表彰台の上で噛んで見せる姿が称賛されるのは、そのメダルを獲得するために続けてきた精進と、競技当日の厳しい戦いを思ってのこと。それが傍観者であった誰かが噛んで見せるのは、お茶目を通り越して無作法だと言えます。

貧弱な金メダルの濡れ衣
 そもそもオリンピックの金メダルを噛むのは困った話です。金メダルは銀の土台に金メッキを施したものなので、噛み方が悪いとメッキが剥げてしまいます。中国のトランポリン選手が東京オリンピック2020で獲得した金メダルに汚れがついているのを見つけて、爪で汚れをこすり落とそうとしたら、そこから表面が変色したという報道がありました。これはメダルの金の表面を保護するための被膜が剥がれたからだったのですが、一時は金メッキが貧弱だったから土台の銀が露出したというような説が出回りました。「主催国の日本が貧弱な金メダルを作って贈ったのか」という受け止め方をされるかもしれませんが、それは濡れ衣です。メダルは大きさや重さ、そして原材料がオリンピックの規格条件で細かく決まっています。金メダルは純銀製の土台に6グラム以上の金をメッキするという仕様がオリンピックメダルの規格条件です。そして夏の大会のメダルのデザインは勝利の女神であるニケの姿を刻することも決まっています。
 近代オリンピックとして再興された第一回の大会はギリシャのアテネで開催されました。1896年のことです。その時には1位の選手には銀メダルが授与されていました。因みに2位が銅メダルで、3位はメダルではなく賞状が贈られていました。その後に1位に純金製のメダルが贈られるようになり、現在の金・銀・銅の序列が確立してきました。純金製のメダルを用意するのは主催国にとって大きな負担になります。そうした負担に耐えられる国だけがオリンピックの開催地になるのは、世界平和の祭典としては相応しくないという発想があったのでしょう。2003年から金メダルは純銀に金メッキをしたものにする、という規格が決められたのです。
 東京オリンピック2020のメダルの原料は「都市鉱山」から産出された金属を使っていたことは皆さんもご存知でしょう。家電製品や携帯電話で使用されていた金属から再生されたものを指すのですが、2年間に金が32㎏、銀が3,500㎏そして銅が2,200㎏も回収されたそうです。再生事業はコストがかかるものですが、これだけのメダル材料を確保するために集めた廃品は約8万トンという飛んでもない量でした。8万トンがどれだけの量か比較できるものはないかというと、地上からはとても高くて大きな構築物に見えるスカイツリーが約4万トンです。スカイツリーふたつ分に相当する廃品を回収したのですから、メダルを作るための都市鉱山が如何に大掛かりな「廃品回収」であったかを想像していただけると思います。その回収や再利用にかかった費用と、同じ量の金・銀・銅を普通に市場で調達した場合の費用を比べるとどちらが安かったのか。経済合理性の損得だけでは評価しない、日本人特有の「もったいない」という価値観により拘って作られたメダルでした。そのこだわりも、世界各地から参加してくるオリンピアンへの「おもてなし」のひとつだったのかもしれません。
 オリンピックの受賞者に贈られるメダルは厳しい規格が定められているだけでなく、その出来栄えには主催国のプライドが掛かっています。なので誰でも作れるものではなく、日本で開催された東京1964、札幌1972そして長野1998という過去の大会も含めてオリンピックのメダルは造幣局が製造しています。東京2020では金・銀・銅を合わせて5000個のメダルが製造されたのですが、そのどれもが同じ品質、出来栄えにならなければなりません。そんな作業をお願いできるのは世間で流通している貨幣を生み出している造幣局というのも納得がいきます。5000個のメダルを職人が手仕事で仕上げたということには驚かされます。
 ところでカルガリーでは1988年に冬季オリンピック大会が開催されました。今日では夏でも冬の大会でも日本選手団がメダルを獲得する期待は当たり前になりました。そして「一番いい色のメダルを目指したい」という選手の抱負を耳にすることも稀なことではなくなりました。では、このカルガリー大会で日本はいくつのメダルを得たか覚えておられますか?黒岩選手がスピードスケート競技(500m)で3位に入賞した銅メダルが唯一でした。因みに主催国のカナダでも銀メダル2個、銅メダル3個でしたから、決して恥ずかしくない成績です。日本選手が入賞して表彰台に上がったことを興奮してテレビで観戦していたことを覚えています。外地で日本選手が活躍する姿を見たり、日の丸が掲揚されるシーンを見たりすると心に伝わるものがあります。黒岩選手の与えてくれた感動はメダルの色や数では測り知れない大きなものがありました。

風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。






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