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季刊誌「Japanab」は、2022年1月発行の「Japanab January 3, 2022 Vol.39」より、下記の通り年2回刊誌に刊行サイクルを変更いたします。
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2019 October - 平原州の夏の風物キャノーラ畑を脅かす影

 夏にカルガリー郊外でドライブすると地平線まで届く平原一面にキャノーラ(菜種の一 種)畑が広がっている、まるで黄色い海原を進 むような感覚を味わうことができます。カナダ の発明品であると言われるキャノーラ。この平 原の夏景色の背景には、カナダ人とキャノー ラの深い関わり合いがあるのです。 しかし今年はどうも黄色い景色が例年よ りも小さくなっているような気がしてなりま せん。そこで統計を調べたところ、カナダにお けるキャノーラの作付面積は最盛期の2016 年以来減少を続け、今年は過去最低レベル になっていました。アルバータ州においては 前年より約13%も縮小しています。一体、菜 種畑に何が起こっているのでしょうか?
中国政府による輸入制裁
発端は昨年12月に中国の通信機器大手、ファーウェイの最高財務責任者がカナダで拘束された事件まで遡ります。この事件を契機に両国の関係に緊張が生まれ、その影響はまずカナダ・中国間の人の往来に現れました。ファーウェイ事件の仕返しかのように、中国は同国滞在中のカナダ人複数を逮捕・拘束。その効果は覿面に現れ、カナダ外務省は渡航先の安全情報として、中国では現地の法律が恣意的に執行されるリスクがあるとの警戒を発しました。それを受けて筆者の周囲では、中国で開催されるエネルギー業界の会議に怖くて参加できないとこぼす経営者など、中国への渡航を見合わせるカナダ人を見かけるようにました。
その次に物品の移動の制限が始まりました。中国は3月にカナダ産キャノーラの輸入許可を取り消したことに続いて6月には豚肉の輸入も停止しました。ふと考えると、これらは中華料理の豚肉の炒め物には欠かせないものです。中国の食いしん坊達は我慢を強いられているに違いありませんが、カナダでも農家の方々が厳しい夏を経験されているのだと思います。
カナダ農業界の期待の星
ここで中国によるカナダ産のキャノーラの禁輸措置の背景について考えてみたいと思います。先ずは菜種油と私たちの生活の関係です。「植物性の油は健康に良い」という話を聞いたことはありませんか?それはサラダ油に含まれるリノール酸に注目しての評価です。食用油業界の教育的宣伝が本当に行き届いていると言っていいのかもしれません。
サラダ油の原料として使われているものの一つが菜種です。菜種はブロッコリー、キャベツそしてマスタードなどの仲間に属する作物で、キャノーラ(Canola)も菜種の一品種です。菜種と聞くとサラダ油を連想するかもしれませんが、実は食用よりも産業用に利用されていた時代があるのです。
カナダに菜種が持ち込まれたのは他の作物に比べると比較的最近のことです。カナダにおける菜種の由来は都市伝説ならぬ「農村伝説」として伝わっています。1936年にポーランドから郵便で、黒く小さな粒状の種が入った一通の封筒がサスカチュワン州の農夫の元に届きました。農夫は近所の農家仲間と種を分かち合い、庭先にまいて黄色い花を愛でていたのが菜種栽培の始まりと言われています。第二次世界大戦前、カナダはヤシの実油、ココナッツ油、そして綿の実油などをアジア地域から輸入していたのですが、戦争により届かなくなりました。そこでカナダ政府が代替品として目を付けたのが菜種だったのです。連邦政府は農家に作付け助成金を支給して菜種栽培の普及に努めました。また、その当時からカナダの短い夏でも成熟する菜種の品種を探す努力も始まっていました。その当時、菜種油は食用に利用される以上にランプ照明の燃料、船舶や工作機械の潤滑油として必要な存在でした。戦時下では軍艦や戦闘機を動かす際に不可欠な物資ということで、戦略物資の扱いを受けていたそうです。
戦後になり菜種油の産業油としての利用は減少しましたが、料理油としての利用や家畜飼料として菜種の搾りかすの利用が増えました。カナダ政府は畜産飼料の確保と輸出産品の創出を期待して菜種の増産を目指し、「サスカチュワンの農場から世界の食卓に」をスローガンに菜種油の世界普及に国家事業として取り組んだのです。
数々の試練を乗り越えた改良種
ところが皮肉なことに菜種油が食用に使われる機会が増えたことで、含まれる成分の悪影響が顕在化しました。菜種油の摂取により心臓や筋肉に脂肪が堆積し、健康を害することが判明し、カナダ政府は菜種油の食用販売を禁止せざるを得ない状況に追い込まれました。
しかし菜種はカナダの厳しい自然環境で栽培できる数少ない農業産品の一つですから、そう簡単に諦めることができません。1970年代を通じて、サスカチュワン、マニトバの両州で品種改良の努力が続けられ、人間が食用に使っても、家畜の餌に使用しても悪影響のない菜種が見つかりました。
そうした努力の結果1978年に登場した菜種の新品種がキャノーラです。「CANnada Oil Low Acid(酸性の低いカナダの油)」の頭文字などをとってキャノーラと名付けられ、平原州の農業界の期待の星となりました。キャノーラとはその当時、農業商品の登録商標に過ぎなかったものですが、その栽培が北米中に拡散したことにより、今では品種として一般名称となっているという訳です。
品種改良により健康上の問題が取り除かれると、菜種は食品として世界中に流通するようになり、カナダの主要な輸出産品となりました。カナダは世界の菜種輸出量の約40%を占める菜種大国となりました。キャノーラは更に進化を続け、1990年代には遺伝子組換え技術により病気や干ばつに強く、かつカナダの気候環境に適して安定した収穫の可能な作物として完成度を高めて、世界中の食用油の顧客からの信用を勝ち得たのです。
なぜキャノーラ?
ところでさすがは諸葛孔明の中国。カナダへの警告としてカナダを代表する何かを取引停止にしようと選んだのが、キャノーラだったことに戦略を感じます。例えばアイスホッケーのナショナルチームの入国禁止、カナダの歌姫セリーヌ・ディオンの音楽配信禁止、Tim Hortonのドーナツとコーヒー販売の禁止など、有効なものは他にいくらでも思いつきます。しかし中国は菜種を選びました。それは菜種がカナダ人にとって思い出深い農産物だったからです。
戦時中のあらゆる油が不足していた耐乏期を菜種で生き抜いたこと、健康に悪い菜種を品種改良の努力を続けてキャノーラを生み出し、食用油としての地位を確立して主要な輸出産品に成長させたこと、そしてカナダの国名が品名に組み込まれた特別な農産品であること。そのような背景を全て把握した上で、キャノーラはカナダ人の心に響く象徴的な存在であり、メープルシロップ以上にカナダ人が敏感に反応するターゲットだろうと読んだのではないのかと思います。
禁輸品目として選りすぐっただけではなく、禁輸発表のタイミングもまた絶妙でした。キャノーラ産地である平原州では通常、春(5月)に種をまき、夏(8月~9月)に収穫を行います。今年の作付けをどうするか早急に決めなければならない3月に禁輸を持ち出したことに中国の精緻な計算が見て取れます。さらに言えばフリーランド・カナダ外相はキャノーラ栽培農家の娘という出身ですから、カナダ政府にフアーウェイ問題への早期対応を求めるのにキャノーラ以上の産品はなかった、とさえ言えるかもしれません。中国は禁輸措置の理由付けに、カナダから輸出されるキャノーラに検疫で害虫が検出されたことを挙げましたが、カナダ側の輸出検査では発見されていません。
しかし対中輸出だけでなく世界輸出を脅かすキャノーラのアキレス腱としてカナダが心配することが他にあります。それはキャノーラが遺伝子組み換えにより改良されたものであること。遺伝子組み換え食品を長期間にわたって常用していると人間の遺伝子を傷つけてしまう可能性が他の食品で指摘されていています。ですから、キャノーラのそうした評価が世界に広がらないかをカナダはとても気にしています。我々は、来年の夏に真っ黄色に花を咲かせた広大なキャノーラ畑を再び目にすることできるのでしょうか?

風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。



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