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2018 July - パイプラインを買い取るトルドー首相の英断の行方は?

 前号でアルバータ州とブリティッシュコロンビア(以下BC)州との間でトランスマウンテンパイプラインの問題から端を発し、アルバータ州政府はBC州産のワインを禁輸にする措置を発表し、その後はBC州に石油製品や原油を送ることを制限する動きも見せて、両州の対立が高まっていることに触れました。その後、この問題はカナダ全国で広く注目を集めることとなり、5月末に大きな動きがありましたので、それを紹介します。
 トランスマウンテンパイプラインの拡張工事を進めてきたのは米国ヒューストンに本社があるKinder Morganというパイプライン会社です。同社は4月にこれ以上建設工事が遅れるようであれば、不必要な支出は停止し、5月末でプロジェクトを継続するかどうかを判断する、と発表したのです。つまりカナダ政府の承認を得ている事業なのにBC州やバーナビー市の反対行動により建設工事が進められない危機感から、カナダ政府に「どうしてくれるんだ」と最後通告をして迫ったという状況でした。
 報道されているように、去る5月29日カナダ政府はKinder Morganからトランスマウンテンパイプラインの既存線と拡張部分を4.5 Billion C$で買い取ることを決めました。この決定はトルドー政権としては苦渋の選択であっただろうと想像されます。先の総選挙でトルドー首相は環境や先住民への配慮を打ち上げて選挙戦を勝ち抜いています。連邦議会は来年、総選挙が行なわれる予定ですが、トルドー首相の支持者から既にこの決定に対して落胆の声が上がっています。トルドー首相は選挙戦当時から他の原油搬送パイプラインの建設には反対であるが、トランスマウンテンパイプラインには支持を表明していました。その態度は選挙民に知られていましたが、今般の国有化判断は「支持することと、保有して自分でパイプライン建設を遂行することでは意味が違う」と言われて、批判する声も上がっています。
 カナダでは昨年までに、いくつもの大型LNG事業がキャンセルされた他にも、原油パイプラインの建設計画も中止に追い込まれています。もし、トルドー政権がトランスマウンテンパイプラインの問題に対して有効な対応をとることができなければ、エネルギー関連事業の投資を行う場所としてカナダは不安定な場所だと評価されてしまいます。例えば、ベネズエラでは故チャベス大統領により石油事業が国有化されて、外国資本が放逐されたことがありました。その経験から業界ではベネズエラは投資先として危ないという印象がつきまとっているいるのですが、カナダについても国際社会で同じような印象が広がる懸念がありました。トルドー政権にとっては、それを食い止めるための乾坤一擲の一手だったのです。
 カナダ政府によるパイプライン事業買収の発表とともに連邦政府の閣僚がアルバータ州に来訪し、スピーチをしています。モルノー財務大臣はカルガリーでトランスマウンテンパイプラインの買収が苦しい選択であったこと、そしてカナダ政府はパイプライン会社をやるつもりはなく、ビジネスを引き継ぐ事業者をみつけるように努力する、という説明をしていました。この財務大臣は実に率直な人柄なのでしょうが、同時に政府が及び腰であることを印象づけてしまいました。好対照であったのは同時期にエドモントンを訪問したカー天然資源大臣のスピーチでした。パイプラインがアルバータだけでなく、カナダ経済全体にとっても重要な存在であることを強調しました。そしてこのパイプラインの建設中に先住民による環境モニターを行なうことが取り入れられており、これを通じて先住民との協働関係を完成させる絶好の機会である、と前向きな説明をして聴衆から喝采を受けています。かつて1970年代にアルバータ州と連邦政府は緊張関係にありました。エドモントンはその際のアルバータ州における対立軸の本拠地でした。当時の連邦政府は現在のトルドー首相のお父さんが首相を務めていました。ですから仇敵トルドー内閣の閣僚にエドモントンの聴衆がStanding Ovationを送るというのは、ちょっとしたことだったのです。このトルドー首相の英断の行方はどうなるのでしょうか?
 先ずパイプラインは建設されるのか?ということですが、Kinder Morganとカナダ政府はパイプライン事業の買収に合意していますが、今夏までは事業の引き受け手を見つける努力を続けること、そして政府は新しく特殊法人(Crown Corporation)を設立してパイプラインの建設工事を進める態勢を整えるとしています。既存のパイプラインで油を搬送する仕事と新しい工事の両方をやっていきますから、その仕事をやれる人材を政府は集める必要があります。Kinder Morganの人員をそっくり引き受けることになるのでしょうが、それだけ多くの雇用を取り纏める事務手続きは複雑で、簡単な仕事ではありません。
 次にBCとアルバータの両州政府の内輪もめは解消するのでしょうか?BC州のホーガン首相はパイプラインの所有者が誰になっても反対する立場は変わらない、と強固な姿勢を崩していません。このパイプライン国有化のタイミングがアルバータ州との協調和解、そして自分達の言い分をカナダ政府に取り込んでもらう好機だったのですが、それを逸してしまったように見えます。振上げた拳の下ろし方がいよいよ難しくなりました。
 アルバータ州のノータリー首相はカナダ政府の決定を歓迎しています。更に州政府は2 Billion C$を支援する用意があることを表明し、パイプライン建設を推進する姿勢を明確に打ち出しています。来年、アルバータ州議会の選挙が予定されており、ノータリー首相としても州民の投票行動にアピールできる得点を挙げる必要性を痛感しているところなので、カナダ政府が起こした風にのりたい気持ちが見え隠れしています。
 カナダ政府はKinder Morganからトランスマウンテンパイプラインを4.5 Billion C$で買い取ることにした、と冒頭で述べましたが、これは既存のパイプラインに対して3.5 Billion C$、新規拡張工事にこれまでに使った資金の代償として1 Billion C$を支払うものです。つまりこれから行なう工事費用は別枠となります。カナダ政府による産業支援の例では2008年の自動車産業崩壊の際に13.7 Billion C$を支出したし、その後のBombardierへの支援も記憶に新しいところです。このパイプラインの拡張事業の総工費は7.4 Billion C$といわれていますが、依然としてBC州内で反対行動が活発に繰り広げられている状況を考えると建設作業が順調に進まない場合もあるでしょうから、工事費用は更に膨らむ可能性があります。となると納税者として当然ですが、政府支援で完成するパイプラインを誰かに売って投資を回収できるのか?ということが気になります。実はこのパイプラインは完成後の利用者は既に固まっていますので、完成すれば買い手は現れるだろう、というのが大方の観測です。なので、予算通りに完成させて、いい値段で売るのがカナダ政府の仕事になります。
 この問題は決着したのではなく、カナダに暮らしている人にとっては始まったばかり、ということになります。

風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。




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