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2021 July - 風車で人生の方向転換 大嶋寿郎

 新型コロナウイルスのパンデミックで「おうち時間」が増え、世界中で売り上げを伸ばしているスナック  子。「家飲み」の定番おつまみ、ポテトチップスの売り上げも絶好調です。北米のスナック菓子メーカーの代表格といえば、米大手ペプシコの傘下にあるフリトレーですが、そのフリトレーがアルバータ州南部のレスブリッジとテイバーに二つの大工場を持っていることをご存知でしょうか?皆さんお染みのLay's、Doritos、Tostitos、Cheetos、Ruffles、Smartfood Popcornなどを製造しています。
 そのフリトレーのレスブリッジ工場で、設備保全整備士(Maintenance Technician)として活躍されている日本人の方がいらっしゃると聞きつけ、今回は大嶋寿郎さんにインタビューをお願いしました。大学卒業後すぐにカナダに移住して26年になる大嶋さんですが、世界大手のフリトレーに就職するまでの道のりは長く、時には厳しいものだったそう。バンフのツアーガイドから風力発電技師・電気技師に転身、そして現在の設備保全整備士という専門職に着くまでの軌跡を語って頂きました。

バブル崩壊後の就職氷河期に渡加
 長野県南部にある飯島町は、西は中央アルプス、東は南アルプスに囲まれた「ふたつのアルプスが見えるまち」といわれます。私はそこで共働きの両親と弟二人と共に豊かな自然の中でのんびり育ちました。中学高 校時代は吹奏楽部で、朝から晩までトランペットの練習に明け暮れてました。
 高校卒業後は愛知県春日井市にある中部大学に入学し、工学部工業物理学科を専攻しました。大学時代は新聞配達、ガソリンスタンド、塾の講師など、アルバイトばかりやってました。大学に入学した頃は「就職活動で面接に行けば、交通費を出してくれるほどの売り手市場」と聞き、明るい未来を期待していたのに、大学を卒業するに はバブル崩壊で就職氷河期。周りの友達の就職活動の様子を見て「俺には出来ない」と早々と 見切りをつけて、カナダのワーキングホリデー制度に申請し、1995年にカナダに来ました。バンクーバーで2か月間語学学校に通った後は、バンフ周辺のホテルやスキー場で少し働き、ワークキングホリデービザが切れるタイミングで、カルガリーの日系ツアーガイド会社にワークビザをスポンサーしてもらえました。バンフでドライバーガイドとして5年間勤務し、夏はハイキング、冬はスキーと思いっきりアウトドアで青春を謳歌しました。その時に同僚だった妻と1998年に結婚し、2001年に移民権を取得しました。

突然の会社倒産!風車と共に時代が向く方向を目指す
 家庭を持ち、そろそろ季節労働ではない仕事に就こうと思い、2003年牧草を輸出する会社に転職し、営業職に就きました。最初の1年間はバンクーバー本社、その後はアルバータ州北部のピースリバー支店へ移動。2年間勤務した後に異動願いを出して、レスブリッジ勤務にしてもらいました。約1年間が経過し、レスブリッジに家を買い、3人目の娘が生まれた矢先、会社が倒産してしまいました。
 これから先、家族を養うためにも手に職が必要だと思い、どん底の中の前向きな発想で、失業保険を受給できるうちに学校に戻ろうと、レスブリッジカレッジで資格を取得する決意をしました。さて何の資格を取るべきか。2008年は持続・再生可能エネルギーの分野が注目され始めた頃で、そのなかでも枯渇することのない風の力を利用した風力発電に期待し、風力発電技師(Wind Turbine Technician)のコースを取ることにしました。最初の3か月間は電気技師になるための基本コース、残りの3か月間は風力発電技師のコース。電気技師の資格も組み込まれていたので、就職先の幅が広がるというのも魅力的でした。失業保険だけでは不安で、新聞配達をしながら半年間勉強しました。英語に苦労しましたが、ここで大学の工業物理学科で学んだ知識が役に立ちました。
 カナダでは電気技師の資格取得にあたり、見習い制度が設けられています。アルバータ州では一年のうち9か月間は現場で電気技師の仕事をし、残りの3か月間は無給ですが学校に戻り、4年間の現場トレーニングと学校での技術トレーニングを続けた後、試験に合格してから初めて電気技師の資格がもらえます。幸いにも風力発電技師の6か月間コース終了直後に、見習い制度を支援してくれる風力発電会社に就職することができました。そこで4年間の電気技師見習い期間を無事終了し、晴れて電気技師の資格を取得しました。
 風車の修理や稼働中の保守点検は面白い仕事で、特に風車の屋根の上で食べる弁当は最高でした。風車の塔自体は巨大な空洞で、内側に長いハシゴが設置されています。「はたして自分はこれからずっと80メートルもある風車のハシゴを登り降り続けることが出来るのか?」と疑問を持ち始めました。80mというと商業ビルなら約20階。40歳を前に肉体的に不安を感じるようになり、4年間の見習い制度を終了後、今度は石油採掘機械製作工場で電気技師として勤務を始めました。

謎が解けた時の達成感は爽快
 石油産業に転職したものの、2008年のリーマンショックの際には従業員の半分が解雇されたと聞き、雇用の安定性が重要だと考え、食品業界に注目するようになりました。アルバータに二つ大きな工場を持つ大手食品メーカーのフリトレーは早くから埋め立てごみの最小化や、水の再利用などの環境保全対策を目指している会社で、私が目指していた方向性と合致し、さらに教育・資格支援もあるこの会社に魅力を感じ、求人応募のタイミングを待ちました。
 待つこと1年間、2012年にやっとフリトレーで電気技師の求人が出てすぐに応募したのですが、勤務地がテイバーという隣町。とにかく採用してもらうことが大切だと思い、片道1時間の通勤を3年間続けました。フリトレーは社員の教育に協力的な会社です。レスブリッジ工場に異動し勉強する時間ができたので、数年前にボイラー技士(Power Engineer)の資格を取る支援をしてもらい、現在も工業機械技術者(Industrial Mechanic)の勉強中です。
普段の仕事は電気、機械の修理、保守点検です。その時々で様々な故障に遭遇します。それらの診断や修理は、パズルを解くのと良く似ていて、難解で頭がパンクしそうになる時もあれば、すぐそこにある簡単な答えにすぐに気づかないなんてこともありますが、謎が解けた時の達成感は爽快です。保守点検では、昔ながらの五感を使う傍ら、新しい技術も取り入れ、勉強になります。フリトレーに勤めて8年間、これがやりたかった仕事なんだと実感しています。12時間のシフトワークなので夜勤はきついけれど、これからもより一層研鑽を積んでまいります。

取材・文/じゃぱなび編集部

大嶋寿郎(おおしまとしろう)
電気技師・風力発電技師・ボイラー技士
プロフィール
1972年生まれ。長野県上伊那郡飯島町出身。1995年愛知県にある中部大学工学部工業物理学科卒業直後、ワーキングホリデー制度を利用して渡加。バンフのホテル、ナキスカスキー場ロッジ、ツアーガイド会社に勤める。1998年に結婚。2001年移民権取得。2003年バンクーバーにある牧草輸出会社に転職。アルバータ州ピースリバー支店を経て、レスブリッジ支店に配属された後、倒産。2008年レスブリッジカレッジで風力発電技師の資格を取得。電気技師見習い制度を支援する風力発電会社に就職し、電気技師の資格を取得。2011年、石油採掘機製造会社に電気技師として勤務。2012年よりペプシコ傘下のフリトレーで設備保全整備士として勤務。3女の父。





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