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2018 April - グランドプレイリー市役所の三銃士 宮地康仁

 昨年の10月、とある集まりで隣に座った男性の関西弁が流暢だったので「日本からいらっしゃったのですか?」と聞くと「いえ、グランドプレイリーです」との返答。友人が「康ちゃん、今何番目?」と聞くと、笑顔で「2番」。話が見えないので「何が2番なのですか?」と聞くと、別の友人が「康ちゃんはグランドプレイリー市役所で上から2番に偉いのよ」。それは凄い!これが日本だったら、帰化した外国人が市役所のトップに就くなんてあるだろうか?さすがカナダ。後日、熱いインタビュー依頼のお手紙を送り、カルガリー出張の際に改めてお話を伺った。

英語も日本語も大変お上手ですね。いつカナダにいらっしゃったのですか?
 宮地:8歳の時です。実家が西本願寺系(浄土真宗)の代々続くお寺で、開教使として父親がトロントに赴任する事になり、家族全員でカナダに引っ越しました。最初の5年間はトロントで、その後中学から大学まではレスブリッジで過ごしました。僕、高校2年と3年の時に2年連続でアルバータ州高校レスリングチャンピオンの座を獲得したので、複数の大学から推薦をもらってたのですが、ちょうど大学入学の頃に父が今度はハワイに赴任するという話が持ち上がったんです。それならとりあえずレスブリッジ大学に入学して後でハワイの大学に編入しようと考えました。心はすっかりハワイにあったわけです。常夏の国での大学生活はさぞ楽しかろうと。ところが土壇場で父親に帰国の辞令が出まして、それなら既に在籍していたレスブリッジ大学を卒業しようと僕だけ残りました。

大学を卒業し、カルガリー市役所に就職されたのですね。
 宮地:僕はもともとスポーツやレクリエーションが大好きで、運動学を専攻していたのもあり、大学在学中からレスブリッジ市役所でレクリエーションリーダーのバイトをしていました。当時この時給が破格に良くて、4年間続けたんです。これが功を奏してか、卒業を目前にカルガリー市役所のレクリエーション部署に誘われ、1986年に就職しました。1988年のカルガリーオリンピックが目当てでもありました。

それからずっと市役所にお勤めですか?
 宮地:いえ、就職して2〜3年経った頃に日本に帰った家族が少し恋しくなりまして、一度日本で就職してみるのも良いかなと思い帰国したことがありました。バブルの頃で当時の収入は市役所より良かった!大阪にある海外留学支援・MBA育成会社にカウンセラーとして採用されました。東大・京大の天才達がハーバード大学のMBAを狙ってくるわけですよ。その方々の大学選びをサポートしたり、アイビーリーグの願書エッセーの英文添削を手伝ったりしました。その会社で、高校留学準備カウンセラーをしていた妻に出会いました。

運命的ですね。そのまま日本で結婚して生活しようとは思わなかったのですか?
 宮地:いや、カナダの市役所勤務に慣れていた僕は、日本社会の労働観念が理解できずに苦しむというか、しんどくて。残業は当たり前。日曜日だけが休日で、休みも出て来いと言われる。カナダに帰ろうと思った決め手はクリスマスの日。カナダではクリスマスは休日でみんなホリデーシーズンを満喫するのに、日本は「今日はクリスマスやで!」と言ってもスルーで黙々と仕事。仏教の家庭に育った僕がとやかく言うのも変やけど、なんか寂しくて。カナダに帰って大学院行きたいなと思うようになったわけです。結局日本で1年間半働いて、カナダに戻りました。帰ってすぐに、カルガリー市役所から仕事があると声をかけてもらいました。大学院に行こうか迷いましたが、無職の学生では婚約者の親に対してあまりに無責任だと思い、再就職を決めました。

そこから昇進の階段を登り続けたわけですね。
 宮地:その後は23年間カルガリー市役所で、レクリエーション課、エンジニアリング課、条例管理課、環境課、シティーマネージャーのエグゼキュティブアシスタント、交通課(カルガリートランジット)など様々な部署を2年毎に回って経験を積みました。警察官やエンジニア、弁護士など多種の優秀な専門職の人達と仕事をしていくうちに、後々重要になる人脈ができたんですね。特にシティーマネージャーのエグゼキュティブアシスタントを勤めた2年間は上司二人が市役所の全ての仕事を統括していたので、市役所業務全般について多くを学びました。この経験は今とても役に立っています。交通課のマネージャーを5年間勤めた際、僕は低所得者向けの運賃割引プログラムを導入しました。その時の経験を買われ、今から7年前レデュークという町の交通課に、エドモントンとレデューク間の公共バスサービスの設置に際し、リージョナルマネージャーとして迎え入れられました。その一年後、今度はバンフ・キャンモア・レイクルイーズをまたぐボウバレー地域に公共バスサービスを導入するということでヘッドハンターから声がかかり、3年間かけてその計画から運行開始まで全行程の指揮をとりました。バンフなどで見かける今ではお馴染みの動物が描かれたROAM公共バスのことですが、それまでは公共バス網が全く存在しなかった地域だったので何もかもがゼロからのスタート。白紙から何かを生み出す作業はやり甲斐があって面白いとつくづく思いました。それに人々の生活を豊かにするお手伝いもできたので最高です。

市役所の魅力とは?
 宮地:市役所が担う業務は多岐に渡ります。普通だったら転職しないとできない全く違う業務が、市役所内では部署の移動で経験できるんですよ。幅広い経験を積める場所です。例えばエンジニアリング課には落書きを取り締まる部署があり、そこのマネージャーをやったこともありました。建物の落書きは町の外観や価値を下げます。このため、落書きの消去を発見から14日以内に被害にあった物件の所有者に義務付ける条例を作りました。それまでは何も条例がなくて、落書きが増える一方。落書きは放置すると拡散しますし、所有者には管理責任があります。所有者に金銭的余裕のない場合は市の援助を受けることも可能です。

そして現在は、グランドプレイリー市役所の三銃士ですね!
 宮地:3年前にまたヘッドハンターを通して今の役職のお誘いを受けました。市役所の職員ではトップにシティーマネージャー(日本で言う助役)がいます。グランドプレイリー市に関しては、その下に3つの部署がありそれぞれにジェネラルマネージャーがいます。私はその一人で、地域生活課という部署を担当しています。僕の管轄下には公園、公園インフラ、スポーツ福祉と文化(レクリエーション・文化施設)、文化イベント、社会福祉、交通、マーケティング、市の所有する会館の運営管理が含まれ、約600人の職員が働いています。グランドプレイリーの人口は6万人弱。平均年齢はカナダで一番若く、なんと32歳!若い人達の活気に溢れる町なんです。オイル&ガス、木材、新病院の開設、小売業の増加により、雇用需要も高い。失業率の低下で、犯罪率も減っています。移民も多く、ELSの授業料も都会に比べるとかなり安い。手つかずの大自然がすぐそこにあり、ハンティングやフィッシングも思う存分楽しめます。湖がそこらじゅうにありますから(笑)。住宅価格もカルガリーやエドモントンに比べたらかなり安い。大都会にはない、ゆったりとしたライフスタイルを求める若い方にぴったりの場所ですよ!

今後の目標はありますか?
 宮地:運が良ければ、どこかの市のシティーマネージャーを経験してみたいかな。でも今はこの仕事が面白いのでしばらく続けたいと思っています。


宮地康仁 (みやじ こうじ)
 1962年、4人兄妹の次男として生まれる。奈良県の実家は代々続くお寺。レスブリッジ大学で運動学を専攻。公務員歴30年。2015年からグランドプレイリー市役所地域生活課のディレクターを務める。二男一女の父。


取材協力
TWO PENNY
 どんどん進化するアジアンテイストを追求し、今年カルガリーで最も注目されている上品な味のチャイニーズレストランバー、TWO PENNY。14歳からレストラン経営を夢見たオーナーシェフのコディ・ウイリスが、最上質の食材にこだわり、馴染みある中華料理にウエスタンテイストを融合してワンランク上へ導く。自家製ソースをふんだんに使い、化学調味料(MSG)は一切添加しない。50種類を超えるワイン・日本酒・カクテルなどの豊富なドリンクリストが、従来のチャイニーズレストランとの違いを際立たせる。

住所:1213 – 1st St SW Calgary
電話:(403) 474-7766
twopenny.ca

営業時間:
月~木 午前11時〜午後2時、午後5時〜翌午前0時
金・土 午前11時〜翌午前1時
日 午前11時〜翌午前0時




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