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2018 April - 炭素税と地球温暖化

 2017年からアルバータ州で導入されている炭素税(Carbon Levy 、通称Carbon Tax)については、本誌2017年4月号の「政治じゃぱなび」で取り上げましたが、今回はカルガリー大学でブリティッシュコロンビア(以下BC)州の炭素税について研究をされている山崎晃生さんに、炭素税と地球温暖化の兼ね合いなどについて経済的な観点からお話いただきました。
 少しおさらいになりますが、炭素税は環境への取り組みに前向きな政府によって、世界中で導入が進められています。この場合の「炭素」とは地球温暖化を引き起こす温室効果ガスのことで、炭素税導入の目的は温室効果ガス排出を削減して地球温暖化を食い止めることです。エネルギーを燃焼する際に排出される温室効果ガスに対して課せられる税金で、アルバータ州ではガソリン、天然ガス、ディーゼル、プロパンなどが課税対象になっています。税率は排出される温室効果ガス1トンにつき、2017年から$20、2018年から$30になっています。一方で、アルバータ州では低・中所得者向けにリベート(補助金)が州民10人中6人に支給されており、炭素税の負担を軽くしています。しかし、この幅広いリベート措置がエネルギー消費量を減らす効果を薄めてしまうのではないかと心配する声もあります。

1. 炭素税は本当に温室効果ガスの低減に繋がるのでしょうか?十分な減税とリベートが支払われてしまうと、州民の6割も占めるとされる低・中所得層は、燃料の節約をするのでしょうか?
 山崎:BC州では炭素税を導入してから5年間で石油、天然ガス、石炭などの化石燃料消費が16%削減されたとの研究結果が出ています。もちろんBC州とアルバータ州では炭素税の仕組みも経済状況も違うので、同じような結果が得られるかは確かではありません。しかし、石油産業が盛んなアルバータ州だからこそBC州よりも多くの化石燃料消費削減が可能であることも確かです。
 アルバータ・BC両州で導入されている税収還元型の炭素税の目的は、もちろん低・中所得層への負担を抑えるためです。ですが、減税とリベートがあるからといって、消費者は炭素税による光熱費とガソリン代の上昇を無視できるでしょうか。やはり価格の上昇に対して、少しでも節約したいと思うのが人間の心理だと思います。このちょっとしたインセンティブ(動機)を生み出すのが炭素税の目的です。そこにプラスで後からリベートが支給されれば、最終的に家庭のお財布への負担を減らしながら、燃料の節約を可能に出来る為、税収還元型炭素税が支持されるようになりました。

2. 炭素税収の効果の測定は、何を指標にしているのでしょうか?単に、二酸化炭素排出量を炭素税導入前と後で比較するということでしょうか?
 山崎:私の研究を例に挙げて説明しましょう。私は炭素税導入による企業の雇用と生産性への影響を研究しています。研究で一番大切なことは、BC州の比較対象となる州(コントロールグループ)を見つけることです。単にBC州の雇用を炭素税導入前と後で比較するだけではなく、炭素税を導入していない州をコントロールグループとして扱い、比較します。例えばオンタリオ州をコントロールグループと選んだ場合、炭素税がBC州で導入された2008年の前と後で両州の雇用変動を比較することにより、炭素税がどれだけBC州の雇用に影響したかを計算できるのです。ここで一番難しいのがBC州と経済状況が似ている州をコントロールグループとして見つける必要がある点です。私の研究では、BC州以外のカナダ全州をコントロールグループとして計算しました。炭素税による二酸化炭素排出量の変動効果を測る際も、同じようにBC州と他州を比較する必要があるということです。

3. 炭素税収を財源として、アルバータ州ならではの、原油やガスの採掘現場や鉱山で使用する重機や運搬トラック、従業員送迎バスなどの燃料をディーゼルから天然ガス(LNG)に転換するのはいかがでしょうか?初期投資が必要ですが、ディーゼル燃料に代わり、より安価で温室効果ガス排出量の少ないLNGを使用すれば効果的では?
 山崎:その通りです。もちろんコストの事を考えると難しい場合もあるでしょう。しかし、炭素税は少しでもコスト削減への努力を促す効果があるのです。昨年度のノーベル経済学賞は、「ナッジ理論」という行動経済学の研究が受賞しました。ナッジとは背中を押す、また肘で軽く突くといった意味で、ちょっとしたきっかけを与えることで消費者に行動を促す手法です。炭素税はこの「ナッジ理論」と似て、燃料費の上昇で単に消費量を削減するだけではなく、天然ガスへの転換や、エネルギー効率向上への研究開発投資なども促す効果があります。ナッジの様に、企業を(背中を押す様に)誘導し新たなイノベーションを生み出すことによって、さらなる燃料消費と二酸化炭素排出の低減に導くのです。アルバータ州の炭素税は、BC州のものと違い、炭素税収を全て還元するのではなく、一部をクリーンテクノロジーの研究開発投資などに使用しており、アルバータ独自の手法で化石燃料消費と温暖化ガス排出量の削減に試みていると言えるでしょう。

4. 経済成長を鈍化させずに温室効果ガスを減らしている国もあるということですが、カナダも経済成長を維持しつつ、温室効果ガスを減らしていくことが可能だと思われますか?
 山崎:もちろんですと胸を張って言い切りたいところですが、これはあくまで私の希望です。この質問の答えを出すために、私たち環境経済学者は日々研究に励んでいます。私の研究では、BC州の炭素税が州の雇用増加に貢献したという結果を発表しました。これは炭素税導入によって雇用の減少した産業(製造業など)があったものの、雇用が増加した産業(サービス業など)も多く見られたため、州全体としては雇用状況を鈍化せずに済んだという内容です。要するに経済に全く負担をかけずに環境政策を導入するのは難しいということですが、だからといって導入に反対するのではなく、私たち環境経済学者は数多くの研究結果に基づいた環境政策を提案する必要があります。アルバータやBC州政府が税収還元型の炭素税を選んだのも、温室効果ガス低減と経済成長の二刀流が可能であるという研究結果に基づいたものです。経済にどのように負担が掛かるのかを明確に理解することで、最終的に経済成長を鈍化せずに温暖化防止政策を導入することが可能になるのだと思います。

5. 全世界の先進国が炭素税を導入しない限り、気温の上昇は食い止められないのでは?また新興国である中国やインドはどんな対策を講じているのでしょうか?
 山崎:その通りです。地球温暖化防止はカナダだけが努力しても達成できるものではありません。炭素税である必要はありませんが、先進国だけではなく、中国やインドなどの新興国も同時に温暖化対策をしないとカナダの努力は無駄になる可能性があります。しかし2015年に京都議定書に代わるパリ協定が成立し、国際的に温暖化解決へ歴史的な一歩を踏み出しています。ここ近年は中国が積極的にクリーンエネルギーに投資し、温暖化対策の世界的リーダーになりつつあります。アメリカがパリ協定の離脱を表明している今、中国の存在がとても大事になっていくことでしょう。かつてはアメリカなどの先進国が先に対策を取らない限り、新興国は対策への意欲をまったく見せませんでしたが、今ではアメリカの大統領が離脱を表明しても、中国が先頭に立ち対策に取り組む時代になりました。そのアメリカでも、州や都市規模で温暖化対策に乗り出している自治体や企業が数多くあります。そういう時代に、カナダで4つもの州(アルバータ、BC、オンタリオ、ケベック)が温室効果ガス排出に対して価格付けを行い、その支払いを企業や家庭に義務付けているのは、世界のいいお手本になっていると思います。


山崎晃生(やまざき あきお)
 1985年生まれ。千葉県出身。高校2年の時に1年間アメリカに留学。地球温暖化と気候変動に興味を持ち、高校卒業後カリフォルニア大学デービス校で経済学を専攻。大学で教鞭をとる事を目指し、南カリフォルニア大学で修士取得。その際「環境問題と経済成長の因果関係や相関性が研究テーマなら、カルガリー大学に良い教授がいる」と薦められ、2012年にカナダへ。現在はカルガリー大学の博士課程に在学中で、2008年から導入されているBC州の炭素税研究に日々励む。




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