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2018 April - アルバータとBCが対決!繰り広げられる州間貿易戦争

 アルバータ州のノトリー首相は2月6日、ブリティッシュコロンビア(以下BC)州産のワインを禁輸にする措置を発表しました。話の発端はBC州のホーガン首相がトランスマウンテンパイプラインの拡張工事を阻止すべく、パイプライン事故により油濁が発生した場合の対処が十分になされるとの確証が持てるまで石油製品の搬送量増加を制限するという発表を行ったこと。これに対してノトリー・アルバータ州首相が、そのような制限を課すことはBC州政府の権限外であり不当だと主張し、BC州がその発表を撤回するまで、BC州産ワインのアルバータ禁輸という対抗措置をとることにしたのです。
 両州の対応は泥沼化の様相を示しており、まるで子供の喧嘩のようにも見えるのですが、実は綿密な計算がされた情報戦なのかもしれません。ノトリー首相はBC州の妨害に対応するために急遽タスクフォースを組成しました。参謀本部というわけですが、そのメンバーには現役の州政府高官の他にニューブランズウィック州元首相、 連邦政府の元副首相で天然資源大臣、オイルサンド大手のシンクルード社元社長など、政財界の錚々たるメンバーが招集されました。
 BC州産ワインのアルバータ州でのビジネス規模は昨年7200万ドルだったそうです。それを禁輸にしようというのですが、建設するパイプラインが74億ドルであることを考えると、対抗措置としては規模が釣り合わないように見えます。拡張工事に着手していない現在でさえ、トランスマウンテンパイプラインはエドモントンからバンクーバーまで原油だけでなくガソリンなどの石油製品を搬送していて、BC州民の一般生活を支える燃料供給の大動脈の役割を果たしています。仮にアルバータ州政府がこのパイプラインによる搬送を制限したとすれば、BC州への打撃は大きく、より強いメッセージを送ることができたはずです。過去にアルバータ州政府はカナダ東部州へのメッセージとして原油や天然ガスの搬送を制限したことがありましたが、現在エドモントンからの石油製品供給に大きく依存しているBC州に対して同じ制限を加えることは、市民生活へのインパクトが余りに大きく、劇薬になってしまいます。それを敢えてせずに、世間の注目は集めるけれどもBC州民の生活を著しく不便にはしないBC州産ワインの禁輸を対抗措置の第一手として選んだのは、ノトリー首相へのタスクフォースの進言によるものなのか、中々の妙手と言えるでしょう。
 ところで同じ国内なのに、市内の酒屋に並んでいるワインをどうやったらアルバータ州政府が「禁輸」にできるのだろうと素朴な疑問を持った方もいるかもしれません。以前はアルバータ州でも酒類の販売は州政府の統制が厳しく、酒屋の店舗数も限られていましたし、営業時間も郵便局並み、つまり夜間や土日の営業は行われていませんでした。今でこそお酒の小売は規制緩和が進みましたが、州内に流通する酒類の元売りについては依然として州政府が統制しており、だから酒類・ギャンブル統制委員会に州首相が命じることで、BC州産のワインの搬入が止まってしまうのです。
 ノトリー首相が禁輸措置を命じた時点で、アルバータ州内のBC州産ワインの在庫は流通15日分に相当する量しかなかったそうです。その意味でもホーガン首相に対して「早く翻意しないとワイン生産者への経済的打撃が現実のものとなりますよ」という時限付きのメッセージを送ったのです。その結果、ホーガンBC州首相はパイプライン建設阻止にむけて石油製品搬送制限という直接的な行動をとるのではなく、搬送制限に関する行政権の在り方を司法に判断を求めることにして、態度を軟化させました。
 そもそもアルバータ州には豊富なオイルサンド資源があり、その大半は米国市場に輸出されていたのですが、米国で近年国産原油の開発が進んだことからカナダ産原油の需要が縮小し、アルバータ州は新たな市場を開拓しないと自州の原油価格がどんどん割り引かれてしまう事態に陥っていることが問題なのです。カナダ産原油が買い叩かれることで年間100万ドルの国富喪失になっているという分析も出ているほどで、新たな市場へのアクセスはアルバータ州だけでなく、カナダ全体の利益であるという見方もあります。
 またトランスマウンテンパイプラインの拡張事業は、連邦政府が建設を認可したのにBC州政府が反対しているという、カナダ連邦制度の根幹に関わる問題に発展しているのです。最近の世論調査では、アルバータ州のパイプライン建設推進派とBC州の環境保護派のどちらの立場を支持するかという質問に対し、カナダ全体で意見がちょうど真二つに分かれました。連邦政府と州政府のどちらが決断権を持つべきかという質問についても、連邦政府とする立場が53%で、BC州政府にパイプライン建設を停止する権限があるとする意見が47%となっていて、連邦政府に権限を委ねるとする意見がかろうじて過半数を占めていますが、国論を二分する大きな問題になりつつあるのが伺えます。ちなみにアルバータ州では、約80%が権限は連邦政府にあるとするノトリー首相の主張を支持していることが今回の世論調査で明るみに出ました。
 BC州産のワイン禁輸は2月22日に取り下げられましたが、これで両州の争いが終わったと思っている人はいないでしょう。この次に店から姿を消してしまうのが、BC州産のチェリーやピーチなど夏の果物でないことを祈りたいところです。

風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。




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