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2018 January - カルガリーにはやっぱりネンシ市長

 新年早々そして久々のコラム再開ですが、今回はしばらく遡ってお膝元カルガリーで昨年10月16日に行われた市議会選挙を振り返ってみようと思います。だって僕の大好きなナヘド・ネンシ市長(45歳)が3期目の当選を果たしたのだから。それにしても最後の最後に接戦となりハラハラしましたね。 振り返れば、無名候補として2010年市長選に登場したネンシ市長は、政治に無関心な人が多いと言われるミレニアル世代(だいたい当時の20〜30歳台)の心を掴んだキャンペーンが功を奏して予想外の初当選を果たしたのでした。いや〜、あの時の感動をおじさんは今でも忘れません。保守という埃に埋もれていたカルガリーに新しい風が吹きはじめた日でした。

ネンシってどんな人?
 ネンシ市長はタンザニアからカナダに移民した両親を持つ、カナダ(トロント)生まれカルガリー育ちの非白人、そしてイスラム教徒です。ハーバード大学公共政策大学院を卒業した相当な切れ者で、市長当選前は地元マウントロイヤル大学で教鞭を執っていました。
 2010年当時は進歩保守党率いるアルバータ州政権の末期で、多くのカルガリー市民は進歩保守党にうんざりしつつもそれに代わる政権の受け皿になるような政党やリーダーがおらず悶々としていました。そんな時にカルガリー市長選に突如現れたネンシ候補は、プログレッシブ(※)な政策を熱心に投票者に語りかけ、とても新鮮な存在でした。政治の透明化、市財政と行政の根本的見直し・合理化、公共交通網の強化やスプロール現象(宅地の無秩序な拡大)の歯止めなど、まさに痒いところに手が届くような政策の数々が市民の心を掴んだのです。ネンシ市長がアルバータ州の首相になってくれればいいのにと思ったのはこのおじさんに限ったことではなかったでしょう。
 若いイスラム教徒(当時はまだ38歳)が北米大都市の市長に選ばれたというニュースで世界がカルガリーに注目し、ネンシ市長はロックスターのような人気振りとまで言われました。同じくイスラム教徒のサディク・カーン・ロンドン市長が当選する6年も前の話です。そしてイスラム嫌いや人種差別が蔓延する今日、褐色肌のイスラム教徒がカナダで最も保守的な都市カルガリーで立派に私たちの市長を務めるのは嬉しいものです。


僕がネンシ好きな理由
 ネンシ市長の得票率は初当選した2010年選挙で39%、2期目の再選を果たした2013年9月選挙では74%に伸び、カルガリー市民の満足振りが伺えました。2013年はカルガリーで春に大洪水が起きた年であり、市長の手際の良い対応が市民に高い評価を受けました。
 ネンシ市長がリードした過去7年間、行政サービスの向上や街づくりの点において僕は大きな変化を肌で感じました。自転車道拡張整備やCトレイン・市バス網拡張(空港とダウンタウンを繋ぐ路線がやっとできました)、川沿いの遊歩道が美化されて大きく変わったイーストビレッジ開発、文化施設への増資(ナショナルミュージックセンター、中央図書館など)、生ゴミ回収開始(なにをどのゴミ箱に入れるかわからないなど不満を言っている諸君、新しい緑のゴミ箱に生ゴミを入れるだけの話です)などなど。今では当たり前になったフードトラックもネンシ市長になってから行われた様々な規制緩和の一環により出回るようになったものでした。 そしてなにより僕がネンシ市長を好きな理由は、少々鼻が高いものの、一般市民の立場に立ったわかりやすく筋の通った政策説明ができるからです。増税など市民の好まない措置を推し進める際に「なるほど、だからそういう方針を取りたいのか」と納得のいく説明が常に聞けます。行き過ぎた発言が問題になったことは少なからずありますが、全体的にはコミュニケーションに長けた庶民派の政治家なのです。


なぜ2017年市長選は接戦だったのか?
 とここまで市長を褒め称えてきましたが、それではなぜ昨年末の選挙は接戦だったのでしょう。ネンシ市長を含め10候補が乱立した10月16日の選挙でしたが、市長の主な対抗馬は保守派の二人。現職(当時)でベテラン市議会議員のアンドレ・シャボと、元アルバータ州進歩保守党関係者で弁護士のビル・スミスの両候補でした。
 カルガリー市長選では現職の市長が再出馬する場合、再当選の可能性は非常に高いため、強力なライバルが名乗りをあげることは少なく市民の関心も低くなるのが常。実際2017年選挙も当初はネンシ再選安泰とされてきましたが、そんな情勢に変化が出てきたのは10月初旬のこと。期日前投票に過去の3倍もの数の利用者が詰めかけて市民の関心の高さが明らかになり、また複数の世論調査がスミス候補優勢の予想を出したために異例の白熱した選挙戦となりました。
 こうなった背景には3つの要因があります。まずは根強い経済不況。2014年に4.5%だったカルガリーの失業率は2016年に10%を超え、2017年に入って多少改善したもののまだ8%台でした。ネンシ市長は経済刺激策としてインフラ整備などの公共事業を多く進める方針をとりましたが、これと同時に固定資産税や法人税の増税を行ない、既に不況に苦しむ市民に追い打ちをかける形となりました。税率と歳出は今選挙の最大の争点となり、ネンシ市長の反対勢力である保守派はここぞとばかりに市長の財政運営を無責任と非難しました。
 次に議論好きで気の強い市長の性格が過去7年間で多くの敵を作っていた点です。ハーバード大学院卒の教授とくれば少々鼻が高いのも仕方ないような気がしますが、それはネンシ支持者の僕の意見。市長と対立した一部の不動産開発業者やスポーツ業界関係者そして保守派は、市長が傲慢で挑戦的な態度をとるためにうまくいくはずの市の交渉も難航するのだと批判。築30年を過ぎて老朽化するサドルドームを市が資金援助して再建するかどうかを巡ったカルガリーフレームス経営陣とのいがみ合いが大きく取沙汰されました。
 最後に、過去7年間続いた市長のプログレッシブな政策への不満が保守派の間で広がっていた点です。市の政治なのでとてもローカルな話になりますが、これまでのカルガリーの宅地事情は同様な所得レベルの家庭が同じエリアに住み、大きな一軒家が好まれるためにどんどん郊外に宅地が広がり、これを支える車社会が根付くというものでした。しかし地球温暖化が問題になった最近では、郊外に宅地や道路を広げる代わりに市中心部にマンションを優先的に作って人口密度を増やし、歩いたり自転車や公共交通網を利用したりしてより効率良く人が移動できるような街づくりをしようという流れが出てきました。
 ネンシ市長もそのような政策を進めてきましたが、保守的な市民は自分の住むエリアにマンションができて路上駐車スペースがなくなったり、より所得の低い住民が周りに住むようになったり、自転車道ができて車道が狭くなったりすることに不満を募らせました。また車社会に満足している保守派は、Cトレインの新路線「グリーンライン」などの公共交通機関への資金投資も好ましく思いませんでした。
 そしてこのような保守的な市民は、市政レベルだけでなく、2015年に誕生した 新民主党(NDP)アルバータ州政権と2016年にできた自由党連邦政権(両方とも中道左派)にも既に不満を溜めていました。つまりカルガリーに住む保守派は次々と押し寄せるプログレッシブな波に逆らおうと必死になっていたのです。


保守のゾンビ、ビル・スミス
 そんな保守派市民の鬱憤の受け皿として市長候補に擁立されたのがビル・スミス候補(54歳)。温和で頼り甲斐のありそうな雰囲気を醸し出す弁護士・元消防士とくれば保守派市民のハートを掴むこと間違いなし。落ち着いた物言いもまさにアルバータの保守派政治家だなあと討論会を見ながら僕が思っていたら、2010〜13年にアルバータ州進歩保守党のボランティア会長を務めたまさしく保守派のインサイダーでした。ワイルドローズ同盟党と合併し「統一保守党」として生まれ変わった今は亡き進歩保守党ですが、そのゾンビがカルガリー市長選に現れたかのよう。
 スミス候補は年々続く増税に歯止めをかけ、歳出の全面的見直しを行ない、ビジネス環境を整えると市民にアピール。同じく保守系有力候補者だったシャボ候補から支持を吸い上げ、最後にはネンシ市長との一騎打ちとなりました。ある世論調査ではスミス候補が17ポイントもネンシ市長を支持率でリードしている(支持率スミス48%、ネンシ31%)と予想され、ネンシ支持者に冷や汗をかかせましたが、これがかえって逆効果になったのかもしれません。
 市長選の開票結果はネンシ市長51%、スミス候補44%、シャボ候補3%の得票率で、市長はスミス候補に約3万票の差をつけて再当選を果たしました。投票率は58%と過去40年間で最も高い数字。ネンシ市長の支持層は普段政治に興味を示さない若年層と言われますが、今回の高い投票率もまたこの若年層がネンシ劣勢というニュースを聞きつけ、これはまずいと一斉動員したからではないかと僕は考えます。またネンシ市長への支持は、2013年選挙の74%という得票率から低下したように見えますが、得票数を見ると2010年の140,263票、2013年の193,354票、今回の199,122票と増加しており、増税に関わらずまだ根強い支持があることが伺えました。
 結局のところスミス候補の進歩保守党との深い繋がりは、保守派の有権者にとって魅力でも、カルガリーでは大半を占める中道の有権者にとってはNDPアルバータ州政権の誕生でやっと葬り去ったはずの嫌な過去を思い出させたのかもしれません。アルバータ州政府が改正しない限り、カルガリー市長を含む市議会議員の任期は4年間、再選回数の制限はありません。この州の右派勢力のカムバックを阻止するためにもネンシ市長にはあと何期でも頑張って欲しいものです。


 ※プログレッシブ 「進歩主義」などと訳されるが、ここでは保守主義と相対する政治的な考えとして使う。政治の浄化と民主主義の強化に重きを置く。歴史的に不利な社会的立場に置かれてきた女性やゲイ、非白人、貧困層、障害者など様々なマイノリティーを含むすべての人が平等に参加できる社会を目指す。環境への配慮も重視する。


黒澤森雄
カナダ政治オタク歴20年。左に傾いているので要注意。
ご意見・感想は moriokurosawa@gmail.comまで。



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