JAPANとALBERTAから、JAPANAB(じゃぱなび)と名付けられた無料タウン情報誌。
アルバータ州在住の輝く日本人に焦点を当て、面白く、役立つ情報を発信中。
季刊誌「Japanab」は、2022年1月発行の「Japanab vol.39 2022 January」より、1月と7月の年2回刊誌に刊行サイクルを変更いたしました。
引き続き変わらぬご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

2018 October - NAFTA交渉で野菜不足?

 来年はカナダ連邦議会総選挙の年です。この夏、トランスマウンテン・パイプラインの実質国有化の決定、サウジアラビアとの外交関係の緊迫、そして北米自由貿易協定(以下NAFTA)再交渉での置いてきぼりとトルドー首相の率いる自由党政権はその選挙をどうやって戦い抜くのだろうと首を傾げたくなるような出来事が続いています。
 トランスマウンテン・パイプラインの国有化の問題は前号で取上げましたので、ここではお休みさせてもらいます。その後に司法判断が示され、完成が数年は遅れるのではないかと懸念される一方で、アルバータ州首相のノトリーは堪忍袋の緒が切れて、連邦政府のよ地球温暖化防止プログラムからの離脱をぶち上げたりと話は続くのですが、それらが我々の生活にどのように影響してくるのかはまた別の機会に話したいと思います。


サウジとの関係緊迫
 なので、ここではサウジアラビアと外交関係が緊張している、という話題から始めます。カナダは産油国であり、国全体としては原油の輸出国となっています。しかし、輸出と輸入のバランスを見ると、東部では国外からの輸入も行なわれています。これはアルバータ州で生産されている原油を東海岸の製油所までパイプラインで搬送するよりも海外から搬入するほうが経済的であるという事情からです。最大の輸入先は米国で全体の2/3を調達しています。そして第二位がサウジアラビアです。カナダ東部の製油所では75,000~80,000バレル/日量の原油をサウジから輸入しているのです。そうした相手との外交関係を緊張させたきっかけがフリーランド外相の発言だったことには驚きました。ビジネスの世界では大事な取引先との関係には慎重になるのが常識ですし、中東からの原油輸入に依存している日本の外相は滅多なことではサウジについて批判的なことをコメントしません。
 さて、サウジからの原油輸入量はカナダの国全体では約17%になります。それは決して小さな比率ではありませんが、サウジからの原油供給が止まっても、増産傾向にある米国から購入量を増やすことで無理なく代替できます。むしろ1000名を超えるサウジの医学生が研修医としてカナダで活動していることへの影響の方が要注意です。本国政府から8月末までに帰国するように命令が届いたということでしたが、それは余りにも非現実的であり、一応は9月22日までに帰国すればよいということになりましたが、それにしても医療現場での混乱は避けられないでしょう。サウジとの関係緊張はエネルギーの世界よりも、別の分野で影響が生じる出来事なのかもしれません。


NAFTA再交渉難航
 一方で、隣の米国との関係もきな臭くなっています。NAFTAの再交渉が米国とメキシコとの間では決着しているのに、カナダは外されている状態です。NAFTAは1989年の米加自由貿易協定が発展的に拡大して1994年にメキシコが参加することで完成したものです。域内の貿易の関税を撤廃して物の流通を円滑にする効果を狙っていました。あの時、メキシコが参加することになり、安価な人件費により生産されたものが流入する、とメキシコに対する警戒心が露な論調があったことを記憶しています。
 また、伝統的に米加墨3国では米国をカナダとメキシコが挟み込むようにして牽制するという関係が多かったので、今日のように米墨2国で先行して同意が成立するのは隔世の感があります。
 実はNAFTAは日常生活のとても近いところで大きな存在感をもっている協定です。その一つの現れが街のスーパーに並ぶ果物であり、野菜です。NAFTAが発効する前には、冬になるとカルガリーのスーパーの陳列棚は種類も品数も少なくなったものでした。棚は隙間だらけになり、寂しい限りでした。果物というと保存が利くリンゴばかり。それが今日では様々な種類の果物や野菜が一年中、豊富に並んでいます。真冬でもスイカが並んでいる背景にはNAFTAがあるのです。この協定により運送トラックは国境を速やかに通過できるようになりました。そのことが果物や野菜の鮮度が保たれるようになり、流通が大きく変わったのです。
 ところで、NAFTAの成立によりメキシコからカナダまで高規格のハイウェイで接続するという構想が進められるようになったと都市伝説として語られています。例えばDeerfootTrailの州道2号線は国境を越えると米国のInterstate15号線となります。これらの道路は片道2車線とし、カーブの曲線などの規格を揃え、市街をバイパスして通過できるようにして、一定速度で走行できるような工事が続けられています。「NAFTA Highway」とよばれているのです。モノの移動が円滑に進むようにインフラが整備されているわけです。
 NAFTAが失効しても、ハイウェイは残りますが、果物や野菜に関税がかけられたり、国境通過で手間取るようになったりすると、冬のスーパーの陳列棚が閑散としたものになるのではないかと心配しています。
 NAFTA再交渉の協議ではメキシコはかなり大きな妥協をして決着させています。メキシコから米国への自動車輸入に関して厳しい条件に合致しなければ最大25%の関税を課するというのですが、その条件の中にはメキシコの自動車生産労働者の時給や部品調達率の引上げなどが盛り込まれています。要するに、NAFTA成立時にメキシコが安い労働力で生産した商品が米国に流入して製造業を圧迫するのではないか?という警戒心がありましたが、この改定ではトランプ大統領は自動車に関して、ひとつの歯止めをかけようとして押し切ったという形になります。


米国との温度差
 カナダは頑張っています。懸案事項については妥協しないとトルドー首相も態度を軟化させていません。先のサウジとの外交関係の緊張の契機となったのは外相による女性権利擁護の呟きでしたが、トルドー首相も外交や経済分野の交渉協議でも社会正義の問題として取り扱う態度が見えます。しかし、自国第一優先、経済一辺倒の大統領が率いる米国に対して、ジェンダーの平等や先住民の権利擁護もNAFTAに盛り込むべきだという主張をするカナダ側では議論が噛み合わないのも当然のことと言えるかもしれません。
 もし、NAFTAが米国とメキシコだけの貿易協定となった場合、カナダから米国への自動車輸出では打撃になりますし、米ドルとカナダドルの換算レートにも影響は及ぶでしょう。しかし、それ以上に大切なことは国としての立場です。隣にある世界の大国とどう付き合うのかという米英戦争以来の問題に立ち戻りますし、カナダが関与しない2ヶ国がまとめた協定案に飛びつくように妥協するのは耐え難い屈辱となるはずです。
 さて、NAFTAの決着はどうなるのでしょう?この冬に我々の食卓から新鮮な果物や野菜の姿が消える前に、好きなものを食べておいた方がよいかもしれません。


風谷護
カナダ在住は20年を超えるエネルギー産業界のインサイダー。
趣味は読書とワイン。






0 件のコメント:

コメントを投稿